PHASE-633【このくらい普通】

『これはよくない気がする……。いまの子の慌て方はよくないと思うわよ』


「ズッ――ジュルルルル――――。そうか?」

 喉の潤いのために洗面器の水をすすっていれば、先ほどまでのランシェルとのやり取りを耳にしたセラの声が何とも力なかった。

 普段、人を馬鹿にしたような語気は身を潜めている。


 ――……その声で俺はちゃんと理解しておけばよかったんだよな~。


 ま、その時には時すでに遅かったわけですが……。

 ――ドンッって派手な音と共に、暗がりの中に光が入ってくる。

 扉向こうの灯りが俺の寝室に入ってきたわけだ。

 ディスプレイ以外の光は久しいとばかりに目を細める。


『じゃあ私はこれで! 抜けま~す。お疲れ』

 って、何かを悟ったようにセラが即効でオフライン。

 なんだよ――と、口に出したかったが。


「なんだこれは!」

 と、イヤホンをつけていても、耳朶にダイレクトアタックするような荒ぶる声を発するのはベルだ。

 なぜか手にはレイピアが抜き身の状態。

 何事かと俺は体を硬直させるけども、ベルの視線は寝室の隅々を見ている。

 加えて、シャァァァァっと音をさせつつ、突如としてカーテンを開く。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「トール!?」

 窓から入ってくる強烈な日の光が目に突き刺さるように入ってきたから、思わず悲鳴を上げてしまった。

 俺がヴァンパイアだったら間違いなく灰になってたね。

 俺が悲鳴を上げたものだからベルが心配した声を上げてくれた。

 ベルだけじゃない。その他の皆もだ。

 コクリコにシャルナ。ランシェル。それに新しくパーティーに入ったリン。

 ――――視力が若干よみがえった中での視界では、パーティーの他にも、この寝室にわっと入ってきたコトネさんを中心としたメイドさん達に、侯爵も兵を連れて入ってきている。

 揃って戦闘態勢とばかりに、白刃が鈍く輝いていた。

 本当に何事なのだろうか……。

 ゲッコーさんだけが俺の風体を眺めれば、嘆息と共に首を左右に振っていたけども。


「大丈夫なのか!?」

 ベルが珍しく慌てている。


「大丈夫ってなにが?」


「いや、ランシェルが慌てて私達を呼んだのだ。寝室に来てみれば酷い顔色ではないか。光を浴びた途端に悲鳴を上げるし、ただ事ではないだろう」

 いや、ただずっと暗い中で、ディスプレイの光だけで生活してたからね。急に強い光を受ければ、情けない声も出ますよ。

 ていうか、今日はベルはこっちにいたんだな。

 集落の手伝いと、こっちにいる日程が分かってればデートにも誘えたのにな……。


「間違いなくこれは何かに取り憑かれていますね」


「なんでそんな根拠の無い事を自信を持って言えるんだコクリコ?」


「自分の顔を見てごらんなさい? ランシェルに精気を奪われた時みたいな――」


「その話は止めてもらおうか!」

 俺にとって黒歴史だから!

 男の娘みたいなインキュバスに精気を取られるとか、ノーマルな俺としてはトラウマみたいなもんだからな。


「大体、大げさなんだよ。皆して寝室に入ってきてさ」


「しかしトール殿。目のクマが酷いですよ」


「侯爵まで」

 まったくそんなに酷いかな~。

 どれどれと、シャルナが両手で持ってくれている鏡に自分を映せば――、


「――――うん。普通」


「「「「えっ!?」」」」

 何を皆して驚きますかね。

 ゲッコーさんを見てみなさい。一人だけ冷静だから。

 まあ、冷静というより、呆れて俺を見ているけども。

 

 目の下のクマに血色の悪い肌。確かに見ようによっては何かしらに取り憑かれていたり、力を奪われたりと思われても仕方ないだろう。

 だが、ゲームを徹夜でやりまくった時なんて大体がこんなもんですよ。

 こういった状態下で炎天下の中ゲームソフトを買いにいって、死骸と思っていた蝉が急に俺へと目がけて飛んできた結果、俺はこの異世界にいるわけですから。

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