PHASE-365【兵舎へ】
「うだつが上がらないとは言ってくれるな! オラ! 勇者の奇跡を見せてやる! 出てこいティーガー1」
コクリコにもぶっ刺されたもんだから、ムキになりつつプレイギアを取り出して、俺たちと侯爵の兵達の間に、お馴染みとなった第三帝国の凄いヤツを召喚。
鉄の象が現れた! と、以前にも耳にした発言と、驚きのリアクションを目にして――、
「これが勇者である俺の奇跡だ!」
うだつの上がらない者はこんな事は出来ないだろう!
「急に出すな! 馬鹿者!」
得意げになっていた所に、ベルの拳骨が炸裂。
シャルナの蹴りの時とは違い、地面を転がる俺。
突如として現れた鉄の象に、目を見開いて驚いていた騎士団長は、地面を転がる勇者の姿を目にして、半眼へと素早く変わる。
結局、俺って信じられないのね……。
「やり取りをするなら、貴女が適任なのでしょうね」
ほら、やっぱり信じられていない。ベルに握手を求めてる。
「閣下と謁見させていただきたい。姫の息災を確認し、王都へと連れ帰る事が我々の役目ですので」
団長の握手に応じて、願いを述べるベル。
話は侯爵まで通すとのことで、それまでは室内で待機してもらうと言われた。
室内といっても侯爵の住まいではなく、兵舎だそうだ。
ゲッコーさん曰く、体の良い軟禁とのこと。
得体の知れない一行に街中を歩かれても困るって事なんだろう。
兵舎なら俺たちが良からぬ存在だった時、即応できるからという腹積もりのようだ。
――――有事の際に使用されるという、大通りから一つ外れた軍専用の道をハンヴィーで移動する。
軍専用の石畳の道も建設できるほど、財力があるわけだな。
騎士団長が先頭で俺たちを誘導し、前後を数騎の騎兵に取り囲まれながらの移動だった――――。
「へ~」
立派な煉瓦で出来た建物の前で停車を指示される。
ここが兵舎らしい。
こんなにも立派とはね。
建物前で出迎える兵士たちは、緊張に支配されていた。
いつでも剣を抜くことが出来るようになのか、左手は鞘を握った状態だ。
やはり信用はされていないようだ。
中に通されて、二階の大広間で待つように言われ、緊張気味の兵士に案内してもらう。
――――大広間でしばらくしていると――、ノック音。「どうぞ」と発せば、入室してくるのは、騎士団長と従者が一人。
後ろに立つその従者に対して、俺はジト目となる。
目が合えば、ばつが悪そうに視線を逸らすのはルクソールだった。
あの野郎、俺たちをはめやがって。
まあ、俺たちの事が信用できてなかったから仕方ないよな。
これもこの地を守る者の勤めってやつだろう。
バイカル湖の心を持つ俺は、自分にそう言い聞かせて、納得させる。
「本日はもう遅いので、この兵舎に泊まっていただきます」
先ほどの発言を実行するように、俺ではなく、ベルに話しかける団長殿……。
「感謝します」
一礼するベルに笑みを湛える団長。
「門にて名乗られた、ベルヴェット殿でよいですか」
「ええ、間違いなく」
「遅れましたが、自己紹介をさせていただきます。私は征東騎士団団長イリー・ルエルといいます」
征東騎士団は文字通り、東で起こる有事に対応する組織。
ネーミングが琴線にぶっささったのか、コクリコがウズウズしている。
いずれ何たら魔道団やら、魔道騎士団ってのを創設しそうだな。
「若いな」
と、ここでゲッコーさんが初めて騎士団長イリーへと語りかければ、
「十八の若輩です」
お、ベルと同じだな。
「私と同年ですね」
思っていたら、ベルが口を開く。
「そうなのですか。重責に押しつぶされそうになります」
「お互い苦労します」
同年代が楽しげに会話を交わす。
苦労するというベル。発言と同時に俺を見るのは止めていただきたい……。
イリー・ルエル。
ベルとの会話で分かったのは、地方豪族の娘だそうで、爵位はないが力を有した由緒ある家柄の出だそうだ。
古くより侯爵家に助力をしていた豪族だそうで、代々、何かしらの役職につくのが習わしになっているそうだ。
その習わしから、侯爵直属の騎士団団長に就任。
家柄と習わしだけでなく、彼女自身の才能の高さが就任の最たる理由だと、付き従っていたルクソールがフォロー。
家系だけで得たポストだと、俺たちに思わせたくなかったようだ。
剣技だけでなく、馬術に魔法をそつなくこなせる才女だとの事。
一言で兵士たちの動きを留めたり、ルクソールのフォローから察するに、兵達からの信頼は厚い模様。
女で若輩だからといってなめられないのは、実力が本物だからだろう。
「各自に部屋を用意したかったのですが、兵舎故に部屋も埋まっていまして」
申し訳なさそうなところで、
「いや結構。俺たちはこの広間を借りられれば十分だ」
と、ゲッコーさん。
この発言にはベルが難色を示すかと思ったが、ゲッコーさんの言を肯定して追従した。
土地勘も無いところで、バラバラになるのは良くないという判断のようだ。
プライベートを得られるのは、相手に完全に信じてもらってからだな。
大部屋とはいえ、男二人に、女三人。
でもって男二人は、温泉で前科一犯。
信頼はされていないので、当然のように間仕切りによって、部屋の中央より寸断されてしまう。
ドヌクトスの兵からも未だ信用されず。身から出た錆とはいえ、身内からも信用されない。
そんな俺が勇者です。
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