PHASE-902【壁に集音マイクあり】
――……途中までは俺が先頭だったけども……、土地勘のないところを意気揚々と歩いたところで別邸までの道なんて分からない……。
ここで頼りになるのがゲッコーさん。
この町には何がどこに有るのか既に把握済み。
俺が屋敷で小休止をしている間にS級さん達が調べ上げてくれていたそうだ。
裏方で全てを完璧にこなせる方々の存在は本当にありがたいです。
――――町を見渡せる高い丘に別邸はある。
本邸から離れた位置ではあるが、町全体を見渡せる高い位置に別邸があることが貴族――レンキドール男爵を安心させているといったところだろう。
「お邪魔しますよ」
一応は別邸に入る許可をもらう。
返してくる者はいないけどね。
まあ小声だし。五メートルはある塀を無断で飛び越えての事だしね。
――流石は貴族の別邸。本邸と比べれば狭くはあるが、男爵クラスでも広々とした庭園を有している。
お陰で、
「忍びやすいな」
「ですね」
ステルスミッションのエキスパートが当たり前のように先頭を歩いてくれる。
暗闇に支配された庭園を歩く。
庭園は背の高い花木が多く、それらを利用しつつの移動もあって歩哨に見つかることもなかった。
本来ステルスだとゲッコーさんの歩き方は中腰スタイルだけども、そんな事もしなくていいと背筋を伸ばして歩く余裕さがある。
俺達も警戒をしつつ、ゲッコーさんに倣って普通に歩く。
広い庭園を抜ければこぢんまりとした屋敷を眼界に捉える。
こぢんまりといっても本邸と比べれば――だ。
普通にデカい屋敷。内部構造を知らないままに入れば間違いなく迷ってしまうレベルの広さだ。
「見てくださいよ」
「見てるよ」
俺が指さす必要もなくゲッコーさんも同じ方向に目を向ける。
そこには黒い毛皮のマントを纏った珍妙団が数人いた。
瀟洒なテラスに相応しくない下品な笑い声を上げながら酒を飲んでいる。
何のための見張りなのだろう。まったくもってコイツ等はぶれないな。
カリオネルの周囲の連中だけじゃなく、一様にしてダメダメだな。
馬鹿騒ぎしている中で立哨を務める兵士たちが渋面なのはブルホーン要塞と変わらない。
庭園での歩哨もこいつらの存在はきっと嫌なんだろうな。
町で警邏に当たっていた兵達の現着が鈍かったことから、ここの兵達も質はそこまで変わらないのだろうが、不思議とまともに見えるのは、近くに駄目すぎるのがいるからだろうな。
そんな駄目なのが居続けるのもよくないだろう。こいつらを見て真面目にするのが馬鹿らしくなって怠惰に染まる可能性もある。
友達の母ちゃんが○○君とはあんまり遊んでほしくない。ってのに似てるかも。
この子といたらうちの子の成績が落ちちゃう。ってやつだ。
「どうしますか?」
「無視でいいよ」
カイルはやる気満々だったようだけど、ここはスルー。
潜入専門のゲッコーさんとマイヤのついていってスムーズに進むのがいいだろう。
――屋敷内部へとお邪魔する。
人の気配を回避しつつ、曲がり角で細心の注意を払いながら廊下を進んでいく。
権力に固執する人物の屋敷の場合、屋敷の主の部屋に繋がる廊下は大抵が広い廊下だそうだ。
加えて絨毯の質もワンランク上がるというマイヤからの知識を授かりながら進んで行けば、この屋敷の間取りからして最奥にあたる部屋の前へと到着。
マイヤの言うように他と違って廊下の幅が広い。
絨毯だけでなく扉も金がかかった彫刻物。ノブも金ピカだ。
十中八九ここだろう。
立哨がいないのが引っかかるけど。
俺の側でゲッコーさんが準備を済ませると、ご都合主義とばかりに、
『カリオネル様も存外に不甲斐ない』
『まったくです。これでは我々の商売も追いやられてしまいます』
『諦めるのも大事だろうな。今まで稼いだのだ。これからは王都とも繋がる。それを利用して別の儲けを考えればいい。例えばカリオネル様が気に入っている傭兵団。コイツ等はベルセルクルのキノコを多数所持している』
『ならばそれを生業にしている者と接触するということですか?』
『ああ、話では要塞にて副団長が捕らわれてしまったそうだからな。戦力が落ちた分、他で補填しようとするだろう』
『手っ取り早い補填は金でしょうな。それを交渉材料とすれば優位に立てそうですね』
出資の話を持ちかければ傭兵――もしくはそれに関係しているキノコを有した者たちも話に乗り、他の地まで商売の裾野を広げる事も出来るだろうといった内容。
『これで新たな大儲けが出来るというものです!』
『声が大きい。人払いはしているが壁に耳ありだぞ』
『申し訳ありません。男爵様』
なるほど。立哨がいないのはそれが理由か。
壁に耳ありと心配してるけどダダ漏れだよ。
それもこれもゲッコーさんが有する集音マイクのお陰。
しっかりと会話の内容を聞き取れた。
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