PHASE-421【眼前の強敵。離れた場所では杖いらず】
「ふん!」
床を滑るように移動してくれば、一瞬にして俺との距離を縮め、体に纏っていた黒いオーラが右拳へと集約。
「闇に呑まれるがいい」
なにその中二的発言は。
「イグニース」
迫る黒い拳が亀甲の炎の盾へと触れれば、ギンッと金属がぶつかり合うのに似た音を奏でる。
ピリアとネイコス。マナ同士のぶつかり合いだ。
炎の盾で押し返そうとするが、沈んだ腰から繰り出された正拳突の姿勢は不動そのもの。
見事に鍛えられた体幹は、押したところでびくともしない。
壁を押してるような感覚にとらわれる。
細身の体からは想像が出来ない程の膂力を有している。
「はぁ!」
次にゼノが裂帛の気迫を発せば、拳に纏っていた黒いオーラが、炎の盾を侵食するように広がり、呑み込んでいく。
抵抗するように炎がジュゥゥゥゥっと焼ける音を立てるが、漆黒のオーラはお構いなしとばかりに、炎の盾を黒色に染め上げていく。
「闇に呑まれるがいい」
「それさっき聞いた」
急いでイグニースを解除してバックステップ。
やはりというべきか、追撃の一撃を俺へと見舞うために、身を低くした滑空歩法により接近。
アローンクリエイトを唱えて、血液の剣を作り出し、大きく背を反らせて上半身をバネしての刺突。
「速い――けど!」
こちらも負けじと裂帛の気迫と共に、迫る刺突を籠手での払いによって軌道を反らす。
剣を見るよりそれを握る手を見ろ――だ。俺の勝手な流儀だけどさ。
「やるな勇者」
「お宅も」
有りがたいのは高順氏だ。
あの人の突きが脳裏に焼き付いているからな。アレより速い突きを俺は見ていない。
――――正確に言うなら、俺に向かってくる突きだな。
高順氏には悪いが、ベルの斬撃と刺突はやはり次元が違う。
にしても、目の前のヴァンパイア。闇魔法。剣術。そしてモンクのような体術。
どれをとっても一流だな。
多芸だけども器用貧乏じゃないのは、素直に凄いと思う。
だがしかし、一流であっても、こっちには超一流を越える極一流がいる。
スーパーよりハイパーな面子だ。
ベルにゲッコーさんの存在は、スパルタスタイルだが、常に俺にゆとりを与えてくれる。だから焦る事はない。
俺が焦燥の表情を顔に貼り付けない事が気に入らないのか、ゼノは余裕の面貌が若干だが崩れて、長い犬歯がさっきよりも目立っている。
自慢の攻撃を悉く防がれているもんだから、苛立ちも募るんだろう。
でも、俺も似たようなもんだ。こっちは防ぐこと一辺倒。
決定打が無い。
本当に無い……。
俺と大差のない実力のを持つ連中には、初期ピリアでの底上げによる戦い方と、味方の協力で勝ちを制してきたけど、個人戦となると、未だ技が頼りない。
スプリームフォールは広範囲の大魔法。
集団や大型の存在に対する広域攻撃には適しているけど、こんな所では使い道が無い。
以前のベルみたいに、炎を遠くに飛ばせればいいんだけどな。
あいつの場合は、一振りが大魔法だけども。
対個において、炎を纏った残火を一振りする事で、高火力な遠距離タイプの限定攻撃が可能になるのが理想的なんだが――――、無い袖振っても仕方がない。
少し距離の空いたのを利用して、現状可能な遠距離攻撃を実行。
腰にあるFN-57を抜いて、数発撃ってみるも、
「なんだそれは!?」
驚いてはくれる。
が、魔法障壁によって防がれてしまう。
コイツくらいのレベルになると、銃による牽制も、虚を衝かないと決まらない。
もっと高火力な物が欲しいと思うが、ゲッコーさんと違って、宙空から自由に取り出せない俺は、携行しつつ接近戦も対応しないといけないから現実的じゃない。
ホルスターに銃をしまって、
「よし、やろう」
気を取り直して、残火の切っ先をゼノへと向ける。
「うん、いい頃合いだ。第一陣が到来だ」
何が頃合いなのか。
と、蘇るのは闇の念拳を発動する前の台詞。
「外を見てくれ」
継ぐゼノ。
相対する者に警戒をしつつも、窓から外を窺う。
庭園の風景は、ファイアフライのタリスマンの外灯のおかげで全体がよく見える。
「あれは!?」
庭園の奥側からこちらに向かってくる赤い光。
十や二十ではきかない。
外灯の光から外れた位置にある赤い光りは、左右に揺らめきながらこちらへと近づいて来ている。
先頭が外灯の下へと来れば、
「……分かっていたけど、人だな。しかも服装からして一般人」
赤い光は先ほどまでここで動き回っていた、操られている兵士たちの目と同じ色。
つまりは操られている人達ということだ。
まいったね。まさか一般人まで操っているとは……。
兵士たち以上に手を出すのが難しい相手を用意してくれる。
「見ろ」
ゲッコーさんの指さす方向――――、
「まあ、杖もつかずに歩けるようになったようで」
こういう状況下でちょっとした冗談を言えるあたり、俺も染まってきてるね。この世界に。
冗談を言う視線の先には、大通りで出会った第二街人である、石造のベンチに座っていた御大だ。
あの時は両手を杖のグリップ部分に置いて腰を下ろしていたが、操られると補助具なしでも歩けるようになるんだな。
こちらへと接近してくる住民たちを目にすれば、以前、街中でシャルナが覇気の無い住民と俺が同じようだと言っていたのを思い出す。
最悪の結果になっていたなら、俺もあんな風になって、眼前のゼノの傀儡になっていたんだろうな……。
くわばら、くわばら。
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