PHASE-422【メイドさん達の正体】

「これがメイドさん達の力か」


「そうだ。こいつらの仕様もない力だ」

 本来ならこんな回りくどい事などせずに、殺戮で支配すれば――、と、再び愚痴るゼノ。

 魔王軍にとって、操っている住民達は、人足にもならない無価値な存在。

 下等なオーク達の慰みに女だけを――――と言ったところで、言葉を止めるゼノ。

 ベルの殺気が回廊全体に放たれたからだ。


「い、一体、メイドさん達の正体は何なんだ?」

 こっちにまで殺気がきているからね。

 ゼノにだけ向けられればいいのに、俺たちにもお構いなしだ。なので、話題を無理矢理に切り替える。

 ベルは感情が荒ぶるのがウィークポイントだよ。

 俺以上に精神修行が必要だと思う。

 自信に満ちたヴァンパイアも、ベルの殺気はやはり脅威のようで、


「お、教えてやろう」

 ってな感じで、取り繕うように強気を無理矢理に作った笑みを顔に貼り付けて、話に乗ってくれる。


「この者たちはサキュバスだ」

 継いで出てきた固有名詞。

 サキュバスなら俺も知っている。昨今のファンタジーではメジャーなキャラとして定着しているといってもいい種族。

 たしか、日本だと夢魔って呼称される。

 夢の中で男にエロエロな夢を見せて精気を奪う存在。

 正に俺が見ていた夢は、ランシェルちゃんがサキュバスとして俺に見せていたものだったんだな。

 精気を奪い、御しやすくしたところで、自らの手駒にしていくという術もこの世界のサキュバスは有しているそうだ。

 で、その能力で支配した者たちの支配権をこのヴァンパイアのゼノに譲渡しているというのがカラクリ。


「なんだよ。自慢げにフィンガースナップ鳴らしてた割に、操る部分では、お前は全くもって関与していないじゃないか」


「いや、指導者として関与するのも能力だろう。そもそも支配権は私が有している。サキュバス共では命令は下せない。最後の仕上げとして、私の傀儡術を使用するのだ」


「なるほど。ドドメ色なんて悪趣味な色はお前のセンスか。良かったよ、メイドさん達のセンスじゃなくて」


「死者の如き色こそ芸術だろう」

 アンデッドのセンスを生者である俺は理解出来ないし、したくない。


 でもそうか。メイドさん達はサキュバスか――。

 いろんな作品で、美人でスタイルの良いキャラとして描かれるけど、得心もいく。

 コトネさんを始め、皆、美人ばかりだからな。でもってスタイルも抜群。ランシェルちゃんはその中でも珍しい、可愛い系のシンデレラバストだけど。

 今は皆さん罪悪感を抱いているのか、中々こちらと目を合わせてはくれない。


 それも仕方がないか。サキュバスということは、魔の存在。

 魔王軍の所属である事は、揺るがない真実となったわけだ。

 好戦的ではないようだけども。

 コボルトたち同様に、力で支配されて従わされているように思える。

 様々なファンタジー作品では、サキュバスは力の序列だと、上位にいる強さなんだけどな。

 この世界では違うのかな?


「なんなのだこの状況は!?」


「イリー」

 流石にあれだけ派手な爆発音がしていれば、兵舎の方にも聞こえて当然だよな。


「お前のとこの騎士団は無事か」

 準備万端に装備を調えているイリーに問えば、兵舎でも休養を取らせていた者たちが突如として暴れ出したそうで、その後、別邸の方から轟いた爆発音にただ事ではないと、兵舎内を収拾しつつ、動ける者たちを引き連れて参上したそうだ。

 

 ――――そんなイリーに手早くこれまでの経緯を説明をすれば、


「やはりではないか!」


「あ、はい……」

 以前ランシェルちゃんに対して、イリーがきつく当たっていた時、俺は強気に応戦したけど、イリーの言っていた事は、はっきり言うと間違いではなかった。

 この事は謝ろうとさっきも思っていたんだよ。


 ランシェルちゃん達サキュバスの現状を考えると、無理矢理に従わされていたから、そこは大目に見てもらいたい。

 死者も出ていないわけだし。

 と、上目遣いで説明すれば、


「たまたまだ!」

 と、俺の上目遣いにチャームの効果などあるはずも無く、至極当然な返事が来る。

 たまたま死者が出てないのは運が良いだけ。その通りなので、俺は首肯で応える。


「しかし、まさか侯爵が体を奪われていたとは」

 歯を軋らせて、睨みをヴァンパイアへと利かせれば、


「私は美人には寛大だぞ。イリー」


「ならばその寛大な心を持ったまま消滅しろ! 魔族め!」

 装飾が見事なロングソードが鞘から抜かれれば、薔薇そうび色の瞳を鋭角へと変え、ゼノを貫くように見つめる。


「お前の部下は」


「下で民を押さえ込んでいる」

 視線をゼノから外すことなく、俺の質問に答えてくれる。


「命は――」


「無論。奪うなと言っている」

 流石は騎士様である。弱き人々には剣を振るうことはしないようだ。

 

 対処として、投網で動きを封じて捕縛しているそうだ。

 他にも殺傷力を抑える、訓練用の木製の槍を使用して対応しているとの事。

 盾で挟み込んで体を拘束する暴徒鎮圧の訓練も日頃から行っているそうで、それが存分に活用されている。

 非殺傷を重点においた訓練は、侯爵が考案していたものでもあるそうだ。

 

 不満を持った人々が騒乱を企てたとしても、可能な限り剣を振るわず鎮圧するという考えのもと、考案された拘束戦法。

 侯爵が民を思いやる人物なのが窺える。


 現に、今の今までこの拘束戦法を実行に移すような事例は無かったそうで、侯爵が如何に住民から慕われていたのかが分かる。


 今まで発生しなかった事例を発生させ、慕う心をメチャクチャにしてくれたわけだ。この女好きのヴァンパイアは!

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