PHASE-543【翁と模擬戦】
「ではストレンクスンをば」
――――ストレンクスン。中位ピリアに位置する能力だそうだ。
俺は正座になって、翁に軽く会釈をしてからやおら瞳を閉じる。
翁の掌が頭に触れれば、髪の毛越しにも手の感触が伝わってくる。
小さな手だけども、ゴツゴツと硬く、戦いに身を置く者の手だというのが分かる。
程なくして手が離れ、同時に俺も目を開く。
「さあ、使ってみましょうか。相手は役不足で申し訳ないですが――ワシが」
軽々と露天艦橋より甲板へと飛び降りる翁。
やはり常人とは違う。
操艦はこのまま真っ直ぐでいい。何かあれば知らせるから行ってこいとゲッコーさん。
ならばと、俺もタフネス、インクリーズを発動してから、翁を真似て甲板へと飛び降りて着地。
中々の高さから落下しても平気な俺。
しかも五点着地じゃなく、両足でしっかりと甲板に着地だ。
俺も既に常人とはかけ離れてしまっているな。
「さあ」
翁の勧めに瞳を閉じてから集中。
初めての発動だから緊張しつつも、
「――――ストレンクスン」
発せば、今までに感じたことのない温もりが体の中から発生する。
タフネスなのど温もりよりも強く、ブーステッドよりも弱い温かさ。
でもしっかりと分かる。
その場で軽く跳躍すれば――、
「ほほっ!」
テンションの上がった声が出てしまう。
ラピッド未使用なのに、軽く跳ねただけでかなりの跳躍が出来た。
「ストレンクスンは、従来の能力を倍にする力を持っております」
「てことは、初期ピリアの効果が二倍って事ですか」
そうなると超人的な力を得ることが出来そうだな。
インクリーズでも強弓を容易く引けるだけの力を持つからな。
強弓どころか、
「そこまで便利じゃありゃしませんよ」
「あ、そうなんですか」
ちょっとがっかり。
二倍になるといっても、使用ピリアの能力値が倍になるというのではなく、自身の現在の地力が二倍になるといもの。
がっかりではあるけども、俺の元々の能力が倍になるのは凄いことだよな。
軽い跳躍だけども凄いのは理解したもんな。
地力が倍になった状態でラピッドを使用して、さっきみたいに跳躍したらと考えれば――、がっかり以上にテンションが高くなってくる。
「では始めましょう」
先ほどは鳴りを潜めたが、再び闘気が翁の体から漏れ出している。
「お願いします。翁」
一礼してから、ここでラピッドを発動。
翁が両手に木製品を握る。
真新しい木だというのが分かる。
変色もなく、削った木は白に近い色。今回のために急ごしらえで用意したと思われる。それでも工芸品を思わせるように綺麗に仕上げていた。
翁が手にする木製品の正体は模造ナイフだ。
右手が通常のデザイン。
左手に持つのは、猫科の爪のように歪曲したデザインからなるカランビットナイフを模した物。
右手は順手。左手は逆手持ち。
初めて出会った時と同じスタイルだな。
違いがあるとすれば、黒頭巾ではなく素顔。そして戦闘の姿勢だということ。
以前のようにただ立っているのではなく、ゆらゆらと体を動かしている。
水の流れのような掴み所のない動き。
「ふん!」
ゆったりとしたものから一転しての高速移動。
緩急のある動きで俺へと距離を詰める。
無手なんだけど……。
腰に佩いた残火を鞘ごと手に――、
「油断しましたな!」
――したいが、余裕は与えてくれない。
独特な歩法により、一瞬でナイフの間合い。
ヒュンヒュンと小気味のいい風切り音が二つ。
「躱しますか」
「ええ、まあ」
いい動きだ。老体とは思えない軌道。
だが十分に目で追えるし、何よりも今までのラピッド使用時よりも遙かに体が軽い。機敏に回避する事が可能になっている。
ストレンクスン。いいじゃないか。俺の実力を全体的に底上げしてくれている。
頭で考える動きが今まで以上に素早く四肢に伝わる感覚だ。
それに目で追えるのが凄い。はっきりと翁の剣筋が見えた。
地力が倍になるってのは、動体視力の向上も含まれるようだ。
「ならばコレは!」
一瞬にして俺の視界から翁は消える。
地力の底上げは神経も研ぎ澄ませるのか、背後の気配を捉えて即座に対応。
迫る順手の木製ナイフを籠手で受けて姿勢を崩し、掴もうとしたところで翁は俺の籠手を蹴り、反動で素早く後ろに下がる。
ゴブリン老の身長は人間の子供よりも小柄。
小学生というよりは園児。年を取れば身長が縮むってヤツだろう。加えて背中を丸めているから余計に小さく見える。
その小さな体が背後のどの位置から迫ってくるのかというのがしっかりと背中越しに感知できている事に、俺自身が驚いている。
「これも防ぎ、尚且つ反撃の余裕もあるようで」
翁の動きと実力は、レッドキャップスの奴らより上だ。老人だとは思えないほどに速くて鋭い。
これで縮地とか使えたら面倒な相手だろう。
でも面倒レベルだ。苦戦するってわけじゃない。
速くて鋭いけど、デスベアラーと比べれば全てが劣っている。
本当に、俺って力がついてきてんだな~。
今までなら強者として緊張する存在にも、肩肘張らずに相対することが出来ている。
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