PHASE-544【地道系は地道にやっていくしかない】

「さあ勇者殿、攻めてみて――は!」


「おっと!」

 距離を取ると同時に、棒手裏剣を模した物を投擲してくる。

 正直、割り箸にしか見えないけども。

 ナイフを握っているのに、器用に指の間に挟んで四本を投擲。

 動体視力の底上げのおかげで、しっかりと見て取れる。

 身を低くしつつ、前回り受け身の要領で投擲を回避。


「むん!」

 ま、分かってよ。回避で出来る隙を狙っていることは。

 小柄で敏捷だけども、小柄であるがために、短いリーチに短い武器ってのがネックだよね。

 素早くてもそれよりも素早い動作で対応すればいい。

 今の俺にはそれが可能だ。

 受け身から中腰の状態で残火を鞘ごと腰から外し、接近する翁に対して横一閃で胴を狙う。

 タイミングドンピシャの胴打ちが――、


「アクセル!」


「おん!?」

 捉えたと思った瞬間に姿が消える。

 と、思っていれば翁が目の前に現れる。

 縮地の如き歩法により、俺の横薙ぎが振り切るよりも速く、翁の逆手に持った木製のカランビットが俺の顎を掠める。

 弓なりになって必死に躱す視界に入るのは、右手に握った木製ナイフが、フックの軌道で迫っている光景。


「なんの!」

 見えているって事は、受け止めることも可能。

 翁の右手首を掴み、力任せに振り回すイメージで投げれば、俺が思っていた以上に翁の体が宙を舞う。


「お見事ですの」

 感心しつつ、体を捻りながら空中で立て直し、甲板に着地しようする。

 が、俺がただ黙って着地するのを見ているわけがない。

 好機とばかりラピッドを使用すれば、自分でもビックリな一足飛びで着地点まで到達。


「ぬう!?」

 感心していた声とは明らかに違う、焦りの声を漏らす翁に対して、


「はい」

 鞘にて斬り上げ。

 寸止めすれば――、


「参りました」

 着地と同時に翁からの典雅な一礼と降参宣言。


「いやはやお強い」


「いえ、これも翁から新しく得られたピリアのおかげです」


「それはなにより。使いこなしてくだされ」

 使いこなさないと上達しないからね。

 翁が俺以上に焦ってくれたから一本取ることが出来たけど、まさか一足飛びで翁の着地点まで行けるとは思ってもいなかったからな。

 力加減を理解するためにも、回数を重ねて、経験を磨いていかないとな。

 とにかく今以上に強くならないとな。コクリコだってしっかりと成長していることだし。

 あいつには負けられない。馬鹿にされるのは嫌だからな!


 だからこそ、


「あの。アクセルってのは」


「あれは縮地の一歩手前のようなものです。この程度のピリアならば、勇者殿なら直ぐに習得しますよ」


「ご教授を賜れば」


「ほっほっほ」

 模擬戦が終われば、相好を崩し、顎髭をしごきつつ、好々爺みたいな朗らかな笑い声。

 それに続いて、


「それはご自身で」

 直ぐに習得と言ってる時点で、翁が引き出してくれれば即、使えるようになるんだろうけど、そうはしてくれない。

 俺の周囲はなんでも容易く与えてくれるということはしてくれない。

 こういう時は、異世界転生作品みたいに、主人公を甘やかすように接してくれてもいいんだよ。

 甘えなくてもすでに何でも出来る主人公ばっかりだけども。

 羨ましくはあるが、ま、いいか。中には追放されたり、成り上がらないといけない方々もいるわけだしな。俺はそんな辛い道を歩んでる人達と同じ道を歩もう。

 地道に一歩一歩だ。

 地龍戦ではイメージする事で烈火を覚えた。

 イメージすれば可能なんだからな。アクセルも自力で習得するさ。

 ブーステッドが出来る時点で問題ないだろう。


 今はストレンクスンを習得したことが成果だ。

 ちなみにアクセルはラピッドとは違い、持続型ではなく瞬発型。縮地と同様で、一瞬だけ発動して加速するというものだそうだ。

 縮地のように離れた位置から一気に距離を縮める事は出来ないけど、短距離の高速移動を可能とするらしい。

 修練は瞬間移動をイメージする事。だそうだ。

 ここだけはイメージしろっていうコクリコスタイルだ。

 殴る蹴るがない分、いいけど。

 時間がある時に、ストレンクスンにより向上する地力と、併用するピリアの感覚を掴みつつ、アクセルも覚えていこう。



「ふぃ~……」

 ――……疲れた……。

 家畜が寝ているケージに体を預ければ、ズルズルと預けた体を滑らせ仰臥になる。

 流石に無理。俺は超人ではない……。

 要塞戦からのハック&スラッシュに、初めての車の運転が長距離移動。立て続けに体を酷使した俺の体力は限界を超えたようだ。

 

 かすんでいく意識の中で、「家畜と仲良く甲板で大の字とはな」や「何か起これば彼が起きるまで我が対応しよう」と、露天艦橋の方から聞こえてくる。

 なんとも安心させてくれる内容だからか、スーッと心地よく意識が遠のいて行く……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る