PHASE-1280【委ねる】

「ついてくるといい。まずはこの要塞を見てもらい、管理者の一人である勇者の感想をもらいたい」

 って、言ってくれる辺り、コクリコの諱呼びをそこまで気にしていないようで助かった。

 本当、器の大きさに救われる。

 

 ――高順氏の誘導で天守を出て再び木壁の壁上へと立つ。


「わお!」

 先ほどまでの壁上移動では、岩山を掘削して造られた山城に目を向けていたから気付かなかったが、反対側――つまりは戦闘時に攻撃を受け止める方向へと視線を落とせば――、


「ローマンコンクリートのようだ」


「北の地で製造されたものを優先してこの要塞に送ってもらっている」

 ブルホーン山の要塞でも使用されていた材料をこの要塞でも使用。

 山城から延々と続く木壁の強度を上げるため、北の地から大量に送られてきているそうだ。


 補強すれば当然、壁は頑丈になるが、反面コンクリートの重さに耐えるのが難しくなるのでは? と、指摘すれば、その部分も考慮して木壁は築かれていると高順氏からは返ってくる。

 壁上の通路の幅が広いのは、補強による加重に耐えるためでもあるそうだ。

 そういった追加補強の事も考えての建造を指示したのも、もちろん先生。

 

 こういった素材は、王都の木壁や城壁にも使用するべきという声も上がったそうだが、先生や王様はそれを却下。

 まずは王都よりも外側。

 重要な最前線にこそ全てを注ぎ込まなければ意味がない。

 そこを突破されれば、敵は一気に押し寄せてくる。それを回避する為には重要な箇所に注力するのが当然であり、現在、全てのコンクリートがこの要塞にのみ送られているということだった。


 今は敵の侵攻もないので、作業進捗は順調だという。

 

 ここが突破されれば王都だけでなく、要塞の後方に存在する領地が脅威にさらされることは、王様や中枢にいる臣下の面々以外も理解している。

 なので補強作業のために協力を惜しむことをせず、各地から人員や物資が送られてくるそうだ。


 結果、トールハンマーに滞在している人員は現在、三万を優に超えるという。

 戦闘に従事する兵数は七千。残りが非戦闘員の作業関係の人員からなるという。

 非戦闘員をそれだけ最前線に投入し、尚且つ進捗に影響なく作業に従事することが出来るのも、偏に高順氏が指揮する部隊が魔王軍を悉く退かせたことによるものだな。

 強者の存在が側にいれば、安心して作業に集中できるというもの。


 木壁外側には乳白色からなるペースト状のコンクリートを塗っていく作業。

 木壁に直に塗っている箇所もあれば、それが済んで乾燥して硬くなったコンクリート部分を更に厚くするための重ね塗り作業も見る事が出来る。


「以前、目にした面々も励んでくれているみたいですね」


「黒鍬の者達だな」

 ゲッコーさんが命名した工兵たちも、要塞の作業に従事してくれている。

 バトルスコップは背負っておらず、戦闘時には盾として使用可能な大きめの金鏝も手にしていない。

 他の作業員と同サイズの金鏝を使用している。

 非戦闘状態で作業に集中しているようだ。

 黒色に塗られたレザーアーマーと、緑じゃないのにグリーンセーフティと名付けられた兜はしっかりと装備しているけど。


「しかし足場もなく命綱のみでぶら下がって作業をするのは黒鍬だけじゃなく、一般作業員の方々も怖いでしょうね」


「その分、俸給は多くしている」

 と、高順氏。

 壁の外側に足場を作ってしまえば、敵にそれを利用されるという可能性もあるので、多少の無理はしてもらっているという。

 でも完全に足場がないというわけでもない。

 木壁からのびる土の足場で胡座をかいて休憩している人々もいた。

 デミタスがエルフの国から逃走する時、防御壁に対して使用したのと同じ原理だな。


 更に視線を下方へと向ければ、地面の方ではマッドゴーレムも作業に参加している。

 数体のゴーレムが壁下部にコンクリートを塗っていく光景は、壁上から見ても壮観。

 人の作業では太刀打ち出来ない圧倒的な速度でやってくれる様は、正に重機。

 ゴーレムを扱えるだけの術者が複数いるというのも嬉しい限り。


 とはいえ――、


「この木壁はリオス町の先まで延びているんだよな」

 とんでもない大工事である。

 それを一年程度でここまで建築しているのも驚嘆することなんだけども、効率は上げたいというのも事実。


 更に効率よくするためにも、


「ここはリンに頼んで――」


「いや、それはここでは肌に合わん」

 高順氏、即却下。

 この地には大陸各地から兵だけでなく、非戦闘員の作業員も集まっている。

 王都兵だけなら、スケルトン達のようなアンデッドを目にしても、王都では日常に溶け込んでいるから受け入れやすいが、普通の感覚なら受け入れがたい存在。


 いくら全身を白装束で隠していても、基本アンデッドは生者を忌み嫌う存在として認識されているから、そういった存在が近くにいれば能率が悪くなるというのが却下理由。


 俺も大分なれてきたとはいえ、やっぱり夜道で急に出くわすとなれば叫ぶって自信しかないからな。

 なれてきている俺でもそうなんだから、交流のない面々だと恐怖しかないよな。

 

 最前線で気を張っているところにアンデッドとなると、魔王軍なのか味方なのかの確認遅延による混乱もあるかもしれん。

 

 ――そこも踏まえて考えると、こっちにはゴブリンだけでなく他の亜人も味方側でいる。

 フレンドリーファイアを回避する為にも、いずれは他種族間による合同演習なんかもしないといけないな。


「北伐の時、スケルトンライダーとバリタン伯はいい連携をしていたな~」


「あの時は王都の兵が多かったからな。死者の兵たちに慣れていたのが大きいだろう」


「やはり合同演習はやらないといけないな」


「それは大いに賛同する。そうでなければ南へと進行した際、齟齬が生じるからな」


「高順氏には苦労をかけますが、要塞守護と合同演習の事も踏まえて、兵士たちには他種族との連携に対し、物怖じしない精神育成もお願いします」


「任せてもらおう」

 頼りになる返しだ。

 高順氏のスキル恩恵だけでなく、武人としての姿も範としてもらい、兵士たちには今以上に強兵へと成長してもらわねば。


「要塞守護に携わってきたが、どうだろうか?」


「どうだろうかとは?」


「この要塞の責任者として約一年活動してきたが、結果は出ているかな?」


「言わずもがなでしょう。高順氏を超える適任者なんていませんよ。王侯貴族の面々は、高順氏が寡兵にて打って出て魔王軍の大部隊を撃退し、且つ兵に死者を出さなかった話をする時なんて、伝説の英雄譚を耳にする子供みたいになるんですから。いい歳したおっさん達が目をキラキラとさせているんですからね」


「王に喜ばれるとは世界は違えど誇らしいな」


「俺だって誇らしいですよ。こんな素晴らしい方が味方になってくれているんですから。高順氏を召喚して本当によかったです」


「そうか」


「そうです。高順氏は必要不可欠な勇将です」


「素直に言うものだ」


「本心ですからね」


「知者が言うように。勇者は人誑しの才があるようだ」


「そうですかね?」


「そうだ」

 ただ本心を言うだけで人誑しになれるものなのかね?


「こちらで預からせてもらっている兵達はどうだ?」


「素晴らしいの一言です。皆、隙がなく調練されています。死者を出さずに魔王軍を撃退できた理由が分かるというものです。今後も高順氏には要塞の全権を委ねて、兵達をお願いしたいです」


「本当に人誑しだ。私を喜ばせてくれる言葉を知っている」

 ――ああ。

 純粋に委ねたいから言ったけど、この発言は高順氏にとっては心を打たれる発言だったのかもしれない。

 

 呂布に諫言し、次第に疎まれていった人物が高順氏。

 そういった経緯から自分の自慢の兵達を没収され、その兵達を他の武将に与えるという呂布の所行。

 それでも終始、恨みを抱かなかったといわれる大器の人物。

 

 でもやはり思う事もあるんだろう。だからこそ、俺や王様たちが高順氏を信じて兵の全権を委ねている事が、武人としての喜びの部分に触れているのかもしれない。

 ――……毎度、思うことだが。なんで呂布に最後まで付き従ったんだろう……。

 曹操に降って、その後の活躍を本当に見たかった人物である。

 

 なのでこの世界では大いに活躍していただきたい。

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