PHASE-1281【緩と急】
「本日はここで一晩過ごすといい。明日の朝、西側の通路を抜ければアラムロス窟へと続く街道に出る事が出来る」
――もともと洞窟だった要塞の山城部分。
当然ながら洞窟内も改修されているという。
掘削にはドワーフ達だけでなく、リオスに残ったコボルト達も協力してくれているという事だった。
以前は魔王軍のトロール達に過酷な作業を強要されていたコボルト達だが、現在は俸給に十分な食事と休息の下で活動してくれている。
強制された労働などと違って、自ら望んで動いてくれるとなれば進捗の差は歴然。
掘削作業と支保工を済ませて、山城の下層は以前よりも通路の数が増えているという。
支保工ってなんすか? と、土木関係の方の知識が是非とも欲しいところである。
とにかく、通路を安全に移動できるって事は喜ばしい。
ダイヒレンに出くわさないって事だからな。
「あの。カクエンとかいう猿たちが、ここへとちょっかいを出すって事はありましたか?」
「ない。ドワーフ達の窟を通らなければここまでは来られんからな。窟内の移動となれば、ドワーフ達は自衛の為に撃退する」
万が一、猿たちが接近する事があったとしても、この山城から西側にも木壁は延びており、山城と西側壁上から即座に発見すれば、そこから一斉に魔法と矢が放たれ、混乱しているところに高順氏が指揮する騎兵によって掃討といった手順での訓練も行っているらしく、加えてアラムロス窟のドワーフ達と緊密に連携を取るための話し合いも現場レベルで行っているということだった。
「慢心はしてはならないがな。窟からだけが唯一の道とは限らん。森の奥に隠れ潜んでいると思い込んでも駄目だ。警戒は常に怠らないようにせねばな」
「その通りですね」
「魔王軍に呼応して、再び動き出すと想定もしておかなければならない」
「だからこそ西側にも壁を延ばし、対処するための訓練もしているんでしょうからね」
「そうだ。だからこそ、今日はゆっくりとしていけ。カクエンのいる森に女人達を連れてとなれば、それなりの覚悟も必要だ。その為には英気も養わないとな」
「お言葉に甘えさせてもらいます」
「勇者であり公爵が来てくれたのだ、少しばかりだが宴を催そう。よい食事と酒も用意せねばならんな」
「結構ですよ」
「この要塞で可能な範囲で歓待させてもらう」
「ですから結構です」
「いや、させてもらう」
ズイッと顔を接近させてくる高順氏。
陥陣営は伊達ではない。目力と体全体に纏う圧を受ければ、首を縦に振る選択肢しかなかった。
「三度断ってしまえばかえって失礼。なので堪能させてもらいます」
「ならばよし。ロンゲル殿、準備をお願いする」
「喜んで! おい宴だぞ!」
地頭のロンゲルさんが大音声で発せば、一帯からわっと声が上がった。
皆さん美味い食事と酒にありつけると大喜び。
「たまには息抜きも必要だからな」
「――ああ。なるほど」
つまり歓待は建前で、真の狙いはこの要塞で従事する方々を労いたいってことなんだね。
高順氏は気配りさんだな。自分の兵達の装備をいいもので揃えさせるという武将だったし。
呂布軍の都督だったのに、なぜ兵が七百しかいなかったのかはこれまた不思議なものだけどな。
量より質を重んじるタイプなのかも。
とにもかくにも、配慮を怠らない出来た武人である。
――。
「さあ、公爵様」
「自分はそんなに飲まないので」
「そう言わず注がせてください。このロンゲル・ポッケオに。指揮官殿は酒をいっさい口にしないので」
生真面目が服――鎧を纏っているような人だからな。
あまりにも堅物すぎるのも心配ではある。
最前線だからこそ気を張っていなければならないのは分かるが、高順氏の精神力ならいざ知らず、兵達のメンタルはそこまでの域には至っていないだろう。
兵達が最前線という重圧に苛まれるってことは――、
「どうぞどうぞ」
と、地頭殿を見ていれば無いというのが分かった。
ストレスを抱えさせないように、定期的にガス抜きはしているご様子。
「じゃあ、一杯だけいただきましょう」
「聞いたか皆! このロンゲル・ポッケオが公爵様の杯に酒を注ぐぞ!」
アピールが凄い地頭殿に続いて、訛り兵士たちもそれに続いてやんややんやと歓声を上げる。
自分たちの地頭が公爵とお近づきになるってことは、自分たちの故郷に残した家族の生活も良くなるかもしれないという嬉しさもあるんだろう。
俸給も増えれば故郷の嬶も喜ぶと、方言訛りであけすけに語り合っている。
現金ではあるが、気の良い人達である。
大儀で動く者もいれば、故郷の者達の生活のために動く者もいる。
考えは違えども、共通するのは命を張ってくれているということ。
命を張ってくれる方々にはそれに見合う対価で報いないといけないのも事実。
「バリタン伯爵にはよく励んでいると伝えておきますよ。地頭殿と参加の兵達は実に素晴らしいと。もっと領地を任せてもいいと思いますよ――と口添えしておきます」
「よしなに!」
一杯だけと言っていたのに、空になった杯に直ぐさま二杯目を注いでくるロンゲルさんは呵々大笑。
呼応して訛り兵達も笑いの輪唱。
俺の周囲は破顔の方々ばかりのまったりとした空気が漂っている。
ここだけ切り取れば最前線の要塞とは思えない。
――が、
「一切の油断はなし――か」
酒宴は山城内ではなく、壁上の楼閣付近で行われている。
そんな騒がしい酒宴に参加することなく、篝火を焚き、闇夜に支配された要塞の先にある湿地帯を睨み、監視を怠らない者達もいる。
その中には俺のギルドメンバーもおり、兵の代わりにビジョンを使用して闇夜を遠くまで見渡してくれていた。
緩と急が見事に同居しているね。
立哨、歩哨ばかりに目を向けていたからか、高順氏からは時間が来たら交代させて食事を楽しませるから心配しなくていいという発言を受ける。
そう言う高順氏も、場が落ち着いてきたら見張り役を交代するというのだからな。
気配りが行き届いてますよ。
「おっと、そうだ」
ギルドメンバーを見て思い出した。
「ライとクオンはここにはいないんですか?」
俺の横で背筋をピシリと伸ばし、筵にあぐらをかく高順氏に問えば、近くにいたタチアナが俺と高順氏の方へといそいそと近寄ってくる。
「ここにいれば直ぐにでも勇者達に会いに来ているだろう」
「そりゃそうですね」
俺達のやり取りを聞けば、タチアナの三つ編みが力なく垂れ下がる。
数日前まではいたそうだが、休暇を利用した鍛練をここで終えると直ぐにリオスへと戻ったという。
今はリオスの穀倉地帯構想のための作業員の護衛と、町まで延びる木壁作業の手伝いもして己を高めているそうだ。
二人の才は天稟であり、これに加えて己を研鑽する事に余念がない。
首にぶら下げている色も直ぐに次の色へと変わる事になると、高順氏は高評価。
それを耳にするタチアナは自分の事のように喜び、自分ももっと研鑽を積まないといけないと誓っていた。
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