PHASE-1518【紳士】
――……しかし、困った……。
まさかコクリコと同行していたスケルトン達まで人質になるなんてな……。
こっちの人質はラズヴァートただ一人。
対して向こうはコクリコを含めて十六人も人質を取っている。
単純な交渉となれば、一人につき一人の交換ってことになるだろう。
となれば、こちらは人質以外で交渉しないといけない状況に追い込まれるだろう……。
圧倒的に相手が有利な交渉だ。どんな無理難題を言ってくることやら……。
――……ふむん。
ゲッコーさんの合流が間に合えば万事解決なんだけどな。
合流にはまだ時間を要するだろう……。
プレイギアで無理矢理にここに喚ぶか?
それとも――、
「どうしたんだい? お腹の痛さを我慢しているように見えるよ」
真剣に考えている俺の表情は、便意を催しているように見えるんですかね……。
失礼な愛玩だと思いながらも、対策の時間をゲット!
「そうなんだよね。ここにきてずっとそういった事が出来ていないからね」
「勇者が便意とか格好悪いね。顔もそこまでだし」
――……言ってくれるね……。
「ああ、痛いな~。このままだとポームス君の主人が鎮座するこの地に、とんでもないモノを生み出してしまいそうだな~」
「「「「ええっ!?」」」」
いや、違うでしょ……。
ラズヴァートとポームスが驚くのは分かるよ。
なんでスケルトン達まで驚くんだよ。
嘘くさい喋り方で全てを察してくださいよ……。
連携は神がかってるんですから、そこも神がかってください……。
「流石に勇者が粗相をするのは良くないと思うぞ……」
仲間サイドで、且つスケルトン達のリーダー格が一番に信じ切ってどうすんですか……。
まあ、いい。
「漏らしそうだぜ! 背筋がピンッと伸びて、体を硬直させてしまうほどに――な!」
「もうそれって限界が近いって事じゃないか……」
「厠を所望したい」
冷静な口調って、真実味が増すと思うの。
「いまボク達がいるところから左の通路を真っ直ぐ進めばあるから……」
「では、待ってていただきたい」
「今までと違う喋り方。本当に限界らしいな……」
と、ラズヴァートは俺の口ぶりにまんまと騙されております。
――。
「戻ったぞ!」
「なんでそんな偉そうなのさ……。手は洗ったのかい?」
「ん? あ、ああっ! もちろんばっちりだ。便利な魔法、ウォーターカーテン様々だぜ!」
「本当に洗ったのかい? リアクションからして洗ったとは思えないけど。まあいいや、先に進むよ。人質交換なんだから、もっと緊張してもらいたいものだよ。それと、トイレに行かせてあげたボクの広い心にも感謝してよね」
「感謝、圧倒的感謝っ! 綺麗に清掃してくれていたトイレの清掃係にも感謝!」
「トイレに行く前と違って軽い口調になったものだよ」
「そりゃそうだろう。出たぶん体は軽くなるんだからな」
「勇者って、下品な人でもなれるんだね……」
やれやれと両肩を竦めるポームスは先へと進むため、ちびっ子ワイバーンの手綱を引っ張る。
そんな愛玩の背中を見る俺の表情は、他者から見ればほくそ笑んでいるものだっただろうよ。
でもって、それに気付いているのは――一人だけってところだな。
「ククク……」
「なんとも悪そうに笑うものだな勇者。これから先の交渉で有利に繋がる一計でもあるのかな?」
「それは――ロマンドさんにも秘密ということで」
「そうか」
俺の表情から思惑があるのは気付いても、それ以外には強者であるロマンドさんでも気付いていないようだ。
これなら問題なしだ。
交渉は無しの方向で進めていきたいね。
――おう……。
「なんてこったい」
「ええっと……ですね。まずは私ほどの存在を拘束した相手を称賛することから始めるべきかと思います。大したものだとそこの者に言ってあげてください」
「そんな状態でも上からな言い様が出来る事に安心するよ」
ポームスの案内で通路を進み、重々しい扉が開かれた先では、バインド系で柱に縛られたコクリコの姿。
――で、そんなコクリコの提案に乗る前に室内全体を見渡し、安堵する。
コクリコだけでなく――、
「皆さんもご無事で」
「なんの弁解も出来ない……」
申し訳なさそうな声なのは、ロマンドさんと同じ姿であるルイン。
残った面々も視線下方四十五度凝視という姿勢で俺達と視線を合わせる事を避けていた。
スケルトン達は縛られてはいないけど、当然ながら無手の状態。
コクリコが捕まった時点で抵抗しなかったのは、拘束した存在が危険だと判断したからかな?
「ええい情けない」
と、俺が推理している中でロマンドさんが一言発せば、皆してビクリと肩を震わせる。
精神攻撃が通用しない通常のアンデッドとはやはり違ったリアクションだよね。
「そう強く言わないでください。誰しも失敗はするものですからね」
と、コクリコ……。
こっちはお前がどうやって捕まったのか聞き及んでいる。
原因はコクリコ自身なんだから、そこは自分だけが猛省してほしいところだよ。
――で、
「こちらのやり取りが一通り終えるまで待っていただき感謝します。そしてこちらの仲間を誰一人欠けることなく質としてくださったことにも感謝します。縛られてるのが提案したとおり、お見事な拘束――と言わせてもらいますね」
「称賛、素直に受け取ろう。人質は数が多いほど価値があるからね。抵抗しなかった時点で命は奪わないし、消滅もさせないさ。それに流石は勇者一行と言うべきだろう。ここまで剛胆な少女は見たことがない」
「そうでしょうとも!」
「ハハハハ……」
空笑いでも返してくれるあたり、相手は優しいタイプなんだろうな。
「そいつの場合は剛胆ではなく、お馬鹿なだけですよ」
「勇者がそう言うのならそうなのかな?」
「なにおう! 拘束を解きなさい。手ずから相手をし、我が力をその体に刻んでやりましょう! なので再戦を求む!」
と、コクリコ。
縛られた状態であっても強気な姿勢を崩すことはないので、拘束している存在は空笑いから一転して素直な笑い声に変わる。
まるで幼子を相手にしているような笑いだ。
俺達がここへと到着する間、必要以上に危害を加えていないのは、そのやり取りからも分かるというもの。
相手が紳士で助かる。
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