PHASE-1216【うんこスゲえ】
「……あの…………随分と変わられましたね」
「ん? そうでしょうか?」
「もっと華やかな出で立ちだったような……」
「チャラチャラとしたものを着飾っていては、土いじりは出来ませんよ」
「その通りですな」
ここでバリタン伯爵が間の手をいれ、王様が鷹揚に頷く。
いや、お宅等の仕事は開墾とかじゃないでしょうよ。
開墾に従事する方々が安定した営みをおくれるようにするのが、お宅等の仕事じゃないでしょうかね。
――……にしても……。
変わり様が酷いよ……。
イケおじであるエンドリュー候のような歳の刻み方をしたいとも思っていたが、今のエンドリュー候からはそういった感情は芽生えない。
ロマンスグレーのウェービーなオールバックで整えていた髪型も、今では蓬髪となってしまっている。
インテリなイケおじからワイルド過ぎるイケおじに変わっていた。
これはこれで女性陣には受けそうなのだが……。
ただ……、
「公爵閣下。再会のハグでも」
「結構です!」
なにが悲しくておっさんとハグせにゃならんのよ……。
どうしても同性でハグする事になるなら、ランシェルにお願いするっての。
なにより……。
――……くせぇんだよ!
「凄い……ニオイですね」
思っていても言葉はちゃんと選ぶ俺。
「――? そうでしょうか?」
そうだよ! なにをきょとんとした反応してんだよ。
俺は代表者として距離を取らずに接しているけども、ゲッコーさんと先生、シャルナを見なさいよ。
一定の距離を取ってからは一歩も近づこうとしないんだもの。
侯爵の乗ってきたワイバーンだって、長い首を上手い具合に利用して出来るだけ距離を取ろうと努力している。
主に失礼がないように頭だけを上手く離して距離を取る姿。賢く忠実なワイバーンだよ。
「ふむん。臭いますかなバリタン伯爵?」
「いえ、とんと」
お前等、揃いも揃って嗅覚ぶっ壊れてんじゃねえのか!
――……しかしこの臭い。俺の思い出の記憶に残っている。
確か田舎の爺ちゃんのとこに遊びに行った時だったな。近くの畑からも近い臭いが……、
「これは……
「なるほど。確かに肥を作っているところを見てきましたからね」
「堆肥作りをですか? 侯爵――が?」
「ええ。冬場は気温が下がるので一定の温度を保つのは苦労しますが、しっかりと混ぜ仕事を商人たちと一緒になってやってきました」
――……辺境候が堆肥作り。
こりゃなんの悪い冗談だ……。
「主に何を材料にしているんですか? 馬糞とか?」
「人糞が主ですな」
「ほお~」
「お、感心がお有りで」
いえまったく。いまのは感心ではなく驚きからの声です。
「最近は王都の住人たちも栄養の行き届いたモノを食すことが出来るようになったことから、良質のモノが取れると下肥職人たちも喜んでおります」
「ほ、ほほう……」
エンドリュー候が何ともキラキラとした瞳で言っているのは……、うんこの話……。
「かなり儲かっているのだろうな」
と、ここで王様。
「出来の良さを商人たちから確認させてもらいました。しっかりと温度調整もしておりますので良質の堆肥が出来そうです。商人たちも真剣に取り組んでおりますので、春先には素晴らしい堆肥を使用する事が可能でしょう」
そら王侯貴族の中でも極東の鎮護を任され、竜騎兵を有するようなマグナートクラスである侯爵自らが、確認やらかき混ぜ作業に参加すれば商人さん達も必死になるわな。
なんでこんなところに侯爵が!? って、思っていることだろうさ……。
「本当に春が楽しみだな」
と、これまた王様。
これはベルを呼んで、ここに居並ぶ王侯貴族をことごとく修正してもらった方がいいのかな?
王が喜ぶのですから商人たちもより励み、下肥を集めるのに精を出すことでしょう。と、侯爵。
二人が会話をする隙をついて距離を取りつつ――、
「うんこってそんなに儲かるんですかね?」
うんこではなく金額に興味が湧いたので質問すれば、
「儲かるぞ」
即答のゲッコーさん。
「本当ですか?」
怪訝な表情を作って問えば、
「無論です。莫大な利益です」
と、先生がここで参加。
でも悲しいかな、若干だが二人が俺から距離を取り始める……。
このわずかな時間で侯爵の体に染みついた臭いが俺にもしっかりとついたようだ。
臭気も行き過ぎれば毒気となるのだろうけど、俺が首にかける地龍の曲玉の効果である全毒無効の効果は発揮されていないようだな……。
もう少しシビアな判定をしてもいいのよ。地龍の曲玉……。
「で、ソースは?」
「主の国が江戸と呼ばれる時代では大きな商売となっていました」
後漢時代の方がおおよそ千五百年後の日本の歴史を俺に教えてくれる。
――庶民が住む長屋や一軒家などから糞尿を買う商売があったそうで、それを利用しての下肥作りを行った商売があったそうだ。
富裕層の糞尿は特に高く買い取られていたとのこと。
さきほども侯爵が話していたけども、栄養のある物を食した者からの排泄物では良い下肥が作られるということから価値も上がるそうだ。
「ちなみに主の時代で使用される円で換算すると、この下肥を生業としていた商人の中には、年に十数億円を稼いでいた者もいたそうですよ」
「十数億!?」
「はい」
「うんこが!?」
「はい」
「うんこが十数億!? どんなお金の錬金術師!!」
「人がやらない事、またはやりたがらない事を率先してやる事で利益を作り出すのは商人としての鉄則。故に成功者となるのです」
「でも、うんこですよ」
「そうですよ」
――…………。
――……。
「うんこ、スゲえ……」
「うんこ、うんこ五月蠅いぞ……」
呆れ口調のゲッコーさんの声が聞こえてくるし、うんこの連呼でシャルナも困惑した目で俺を見てくるけども、金額のデカさにただただうんこって凄いね! といった思いが口から零れるだけだった……。
「本当に春が楽しみですな!」
「本当にそうだなバリタン! 好きなだけ蒔き肥に勤しもう」
「「「「ハハハハハハ――ッ」」」」
うんこの稼ぎに驚かされるも、王侯貴族が大笑いをする理由があまりにも地位にそぐわないな。といったツッコミが芽生えたことで冷静になれた。
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