PHASE-1215【国政より農業に精通してますね】

「おっ、木壁に近づいてくれば、出てくる石もデカくなってくるね」

 やはりこの辺りはまだまだ耕せていないね。

 握り拳サイズのモノがそこそこ出てくる。

 ヒョイヒョイと手にしてどかそうとしたところで――、


「トールよ。それは荷台にのせてくれ」


「取り除いた石を何かに使うんですか?」


「そうだ」


「石でも無駄に出来ないって事ですかね?」


「その通り」

 つっても拳サイズって何に使うのだろうか。


「防塁の素材とか?」


「それもいいですが、それならもっと大きいのがいいですな。公爵閣下」


「畏まった呼び方はやめてくださいよバリタン伯爵」


「いやいや、爵位が上の方に無礼な言動は出来ませぬ」

 防御壁から木壁へと向かって鍬を振るい続けたからか、禿頭からは更に濛々とした湯気が上がっている。

 蒸気機関車の煙突を彷彿とさせる頭である。

 俺は昼から始めたけど、この方々は朝からずっと鍬を振り続けてんだろうな。

 夕方に差し掛かるってのに、とんでもない体力だよ……。


「この大きさの石ならば投石に使うのがいいでしょう。投石技術が巧みな者ならば、この石で必殺の一撃を繰り出すことも可能でしょうな」

 と、伯爵は継ぐ。


「投石の威力というものをお目にかけましょう」

 と、更に継ぎ、バリタン伯爵が俺から石を受け取れば、スリングがないからと腰帯ようたいを代用。

 石を帯で包んでから豪快に頭上で帯を振り回し――、


「ふんすっ!」


「おお!」

 大したもんだよ。

 五十メートルほど先に立っている案山子の頭部が見事に吹き飛んだ。

 派手に藁が宙を舞う。

 ――案山子よ。的当てで強力な魔法を見舞われないだけマシだったな。


「バリタン。後で案山子を直すように」


「御意!」

 王様に言われれば禿頭を叩き、ペチンと音を立てながらの軽い返事。

 王様と伯爵のやり取りじゃねえな……。

 その辺のおっさん達のやり取りのようなフランクさがあった。

 それにしても今の投石はお見事だったな。

 

 実戦では自分の得物を失ってしまうような事もあるだろうからね。継戦となれば手に入る物ならなんでも使用するって感じだな。

 腰帯を利用しての投石なんて正にその場のモノを使用しての戦い方ってやつだよね。

 勿体ない精神がこうした戦い方のアイデアなんかも生み出していくんだろうな。


「それにしても上手い具合に当てたね」

 これには弓の名手であるエルフのシャルナも感心する。

 美人に称賛を受ければ伯爵は破顔で喜ぶ。


「威力も馬鹿にならないしな」

 握り拳くらいの石だからな。当たればダメージはデカイよな。

 大型モンスターで且つ鎧皮が頑丈なヤツだと攻略方法はまた違ったものになるのだろうけど、人間やそれよりやや大型の相手なら十分に通用する威力だ。


「投石は馬鹿にできない。ダビデを羊飼いから王へと歩ませるきっかけにもなったからな」


「ゴリアテですな」

 ゲッコーさんと先生が俺を挟んで会話を行う。

 横文字とか当たり前のように使用する先生の姿には慣れてきたけども、後漢の人物が旧約聖書の話をすればどうしても違和感を覚えてしまうね。


「それでこの南門から木壁の間の大地には何を植えるんです? 防御壁の部分には冬野菜を育てるための畝を目にしましたけど、ここはまだ耕しきれてませんよね」


「春や初夏に黍や粟、麦をと考えている」

 救荒作物だね。

 荒れた大地でも生産しやすいってのが理由だよね。


「状況次第では南と西は収穫時期には実だけを取って穂は残そうと考えています」

 と、先生。


「状況次第――ですか」


「ええ」

 東西南北の中でも特に魔王軍の侵攻が高いとされる南と西の田畑の穂を利用しての火計にて、侵攻する敵を焼き払ったり足止めするために使用するのだそうだ。

 防衛サイドの知恵ってヤツなんだろう。


「まあ、そんな状況に陥れば我々は負け戦となるわけだがな。ハハハハハ――ッ」

 哄笑の王様。

 なにを笑っているのか……。

 王都が陥落寸前の時は弱々しかったのにな。

 あの時の事がトラウマになっていないのはいい事だけども。


「まあまあ主。王の発言は至極当然。念のための策ですから」

 どうやら俺が王様に向ける目は半眼になっていたようだ。


「そもそもこの地に脅威は訪れません。ねえ――主」


「あ、はい……」

 南の要塞には高順氏が居ますからね。って事じゃないよね……。

 先生の俺に向けてくる柔和による目は、俺が脅威を取り除く存在だからって事なんだろう。

 凄いプレッシャーを与えてくる笑みですよ。


「皆さんが高いびき出来るだけの活躍はしっかりとさせてもらいます」

 プレッシャーを撥ね除けるように快活に返事。


「流石が公爵閣下ですな」


「だから畏まらないでくださいよ伯爵」


「さて――次はもっと外側を耕すか」

 木壁の目の前が次の移動場所。

 農耕馬に跨がる王様たちの後に続く俺達。

 裸の上半身から上がる湯気がオーラに見えるし、ダイフクよりも一回り大きな農耕馬に跨がっているのもあって――、


「世紀末覇者の集いにしか見えん……」

 なんて零していれば到着。

 木壁近くとなると火計で壁が駄目になるのは抵抗があるからと、穂ではなく防御壁付近同様に野菜を作るという。

 途中までと違ってここにはしっかりと畝が出来ていた。

 木壁付近での栽培理由は、木壁で攻撃を防ぎつつ、近場で兵糧として利用できる野菜を手に入れる事が出来るってのが利点だという。

 空腹による士気低下を防ぐ事も可能なわけだ。

 

 今回は育苗していた玉葱をここの畝に定植して育てるとのこと。

 秋まき春どりというらしい。今は冬だけどもギリOKだそうな。

 国政より農業に詳しくなってんな。ここの王侯貴族……。


「ただいま戻りました!」

 と、上空からの大音声。


「……エンドリュー候?」

 だよ……ね?

 声からしてそうだし何よりワイバーンに乗っているからな。

 ビジョンで確認すれば間違いなくエンドリュー候なんだけども……。


「ぐぅ!?」

 ワイバーンがゆっくりと地上に近づくと鼻をつく強烈な臭気が鼻孔に届く。

 俺の顔は間違いなく歪んでいるね……。

 地上との距離が近くなってくれば、臭気は更に強さを増していく。

 ここでもゲッコーさん、先生、シャルナは素早く距離を取っていた。

 俺もそうしたいのは山々だが……。


「おお! これはトール殿。いえ、公爵閣下!」

 しっかりと対応しないといけない立場だからね……。

 うむ、やはりエンドリュー候だな。

 ワイバーンが地上に体を触れさせるよりも早くに飛び降りれば、力強い足取りで俺へと近づいてくるエンドリュー候。

 と――思われる人物なのかな? と、訂正したいくらいの姿なんだけど……。

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