PHASE-677【一人称はボク】

 初手では面食らったけども、


「目の前で明言された上に見せられたらな」

 霧で出来た巨人が有するような片腕は、ミストドラゴンの正面で留まり、こちらに仕掛ける一歩前と言ったところ。


「アクセル」

 なので正面から消えて死角から狙わせてもらう。


「無駄だ。霧のあるところでボ――我に死角はない」


「なるほど。だから遠隔で操作しても俺を捉えることが出来たわけだな。ボクッ子」


「ボクッ子じゃない!」

 絶対にボクって言うつもりだったよな。直ぐさま一人称を我に言い直すとか可愛いところがある。


「余裕の笑みを湛えるんじゃない」

 おっと、後ろを振り向かなくても俺の表情が見えている。

 霧を介して俺を視認できるってのは本当のようだ。

 便利だな。マナを介して遠隔視認できるリズベッドの下位バージョンってところかな。

 これ、霧じゃなくて湯気とかでも遠隔視認が出来るのかな?

 もしそれが可能であり、習得出来る魔法なら、ワックワックさんと出会ったクレトス村まで時間を遡って、温泉にて女湯を安全圏から覗きたいんだけど。


「笑みが不快なものに! 馬鹿にして!」

 おっと、邪な考えを思い浮かべていたら、挑発と受け取られてしまった。

 霧の巨腕が俺を追尾してくる。


「だが」

 霧が近づいてくるところで再びのアクセル。

 如何に霧で見えているといっても、それは俺が通常移動している時だけ。

 超速移動となれば、戦闘の練度が明らかに低いミストドラゴンでは俺を捉えるのは難しい。

 その証拠に――、


「はいタッチ」

 一気に接近して触れる事も可能だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「おお!?」

 メチャクチャに暴れ出す。

 というか、タッチしただけでここまで怖がるとは……。

 虚栄心による強がりも、瓦解すれば臆病者に成り下がる。


「何もしないから話し合おう」


「う、うるさい悪魔!」


「いえ、勇者です。この世界を守るための存在です。悪魔とは真逆の存在です」

 本当に怯えているな。

 攻撃方法が先ほど以上に無茶苦茶になってきた。

 霧になって姿を隠すって選択も出来るだろうに、それもせずに暴れ回る。

 精神がパニック状態なのか、エクトプラズマーの挙動も連動するように暴れ回り、実体化しているのか地面や奇岩に衝突している。

 それでも防衛本能が見せる底力は、霧の眷属を懸命に操り、俺に向かわせてくる。

 

「コクリコ」


「はいはい」

 そうなれば完全にフリーになるのが一人。


「弱めでいいぞ」


「心得ました。穿て! ライトニングスネーク」

 心得ました。と言って続ける穿てという単語。

 弱めの真逆の意味としか思えない単語……。


「いたい!」

 直撃すれば子供みたいに声を出す。

 というか、間違いなく子供だな。

 さっきまでの厳つい声は何処へやら。


「手加減……」


「いや、しましたよ!」

 ミストドラゴンの声の反応にコクリコはあたふた。

 したと言われても、穿てってパワーワードを聞くかぎり、手加減をしたとは思えないんだけども……。

 現状のコクリコのライトニングスネークに比べると細い電撃だったから、手心を加えているのは真実だろう。


 手心を加えた中位魔法で、悲鳴にも似た声。

 昔は冒険者たちに狩られていたドラゴン。伝説の存在であっても強者というポジションではないようだな。


「いたい! こわい!」

 体を丸めて小さくなる。長い首も器用に羽で覆い隠して震える。


「もう何もしないから。エクトプラズマーを消してくれかな」

 あやすように伝えるけども、


「こわい、こわい……。お姉ちゃん」

 震えが止まらない。


「ちゃんと聞きなさい!」


「ひぃ!」

 怖がらせてどうするんですかコクリコさん……。


「もう戦わないから」

 無手になって手を挙げて見せるけども、収拾は出来ないご様子。

 こうなったら、この状況を収拾出来るであろう人物に出てきてもらうしかないな。

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