PHASE-1537【ラッキーパンチ】
強い語気のままに懐へと向かって突撃。
対して迎撃の構えのクロウス氏は、拳を振り上げての構え。
身を低くしてのピーカブースタイルでの接近に、上方から殴り倒すといった気概が伝わってくる。
が、切羽詰まってもいるようで、拳にオーラアーマーを纏うことのない素の状態による拳打。
だとしても安心できないのは初手で経験している。
通常の拳打であっても威力はとんでもないからね。
しかも――、
「整わないままの姿勢でありながらでも俺より速い!」
後退から踏みとどまって振り下ろしてくる拳。
喰らえば十中八九、床へと叩き付けられる。
「ですがそれよりも速いのが私――でっす!」
と、言うのは、
「コクリコ!」
俺よりも速く、そしてクロウス氏にも速さで勝ったのはコクリコ。
攻め時を見極める事に関しては俺なんかよりも遙かに嗅覚が優れているコクリコの右手は、ワンドからミスリルフライパンに変更。
クロウス氏の打ち込んでくる拳打に対し、下方からフライパンをかち上げる。
「これに合わせられないと勇者ではないですよ」
「了解!」
フライパンで狙うのは拳。
振り下ろす拳にフライパンの底を叩き込めば――、
「ぐぅぅ……」
拳を弾き返してくれる。
リーンと奏でるミスリル独特の心地の良い音色とは違い、クロウス氏の表情は歪む。
痛みによるものではなく、弾かれてがらんどうになった腹部に向かって俺が打ち込む姿を目にしたからってところだろう。
俺も俺で、下方から右膝蹴りが迫っているのが目に入ってくる。
拳打が弾かれれば直ぐさま膝。
でも大丈夫。コクリコが攻撃一つを防いでくれたことで、俺の方が一手速く仕掛けられる――はず!
その為にも!
「ブーステッド!」
必勝パターンとでも言うべき切り札であるピリアを発動。
潜在能力の解放。
クロウス氏の膝が緩やかな動きに見える。
ゾーンに入ったかのような状態。次にはがらんどうとなった腹部へと狙いを定め、
「烈火――ボドキン!」
ピーカブーからのワンツー――ではなく、両拳を同時にクロウス氏の腹部へと向かって打ち込む……つもりだったけども……。
「がぁ!?」
――……両腕を伸ばすも相手の膝蹴りの方が俺よりも速かった……。
コクリコの掩護とブーステッド。
速さで勝ったと思った矢先に、更にその先を行かれた……。
横腹に伝わってくる鈍痛……。
左横腹に受ければ、受けた方とは逆側に強制的に吹き飛ばされ床を転がされる。
でも今までのに比べれば芯のない一撃。
弱っているからか、俺に距離を取らせるだけで精一杯だったようだ。
まあ、十分に痛いけど……。
「コクリコ!」
上半身を起こしながら名を発する。
俺が駄目ならフライパンによる追撃をと言いたかったが、
「決着です」
と、コクリコは追撃をせずにフライパンを肩に当てている。
「なに言ってんだ!」
絶好の機会なんだから攻めるんだよ! と、続けるつもりだったが、コクリコの視線は下方に向けられており、それを追えば先ほど俺に膝蹴りを見舞った強者が両膝をついて動かなくなっていた。
「なんだ。俺が言わなくてもきっちりと決めてくれたようだなコクリコ」
「? なに言ってんですか。私はトールへと向けられた拳打を弾いただけですよ。私がトドメを打ち込めなかったのは残念でしかないですが――お見事でした。トール」
「……ん?」
「――ん、なんです。私からの称賛が嬉しくないのですか?」
「いや、俺がクロウス氏を倒したのか?」
「なんです、見ていなかったのですか? トールが初めて見せた技によってカラス頭は力なく崩れ落ちたんですよ」
「初めて見せた――技?」
立ち上がりつつ問えば、
「そうですが」
と、返してくる。
――俺の初めての技。
初めてってなんだよ。
「言うなれば炎の杭ってところだな」
「杭――ですか?」
「ああ」
小太刀から無手、無手からハンドガンを装備したゲッコーさん。
銃口をクロウス氏に向けつつ俺の一撃を炎の杭と例えた。
ユーリさんもAA-12を向けつつ俺達と合流すれば同様の事を口にする。
「炎の杭――ね」
「なんだ。考えもなく出したのか?」
「そうですね。ただ両拳を叩き込んでやろうという思いだけで精一杯でしたから」
「それでピリアであるボドキンとネイコスである烈火を混ぜ合わせて打ち込むことが出来るなんてね。トールには驚かされますよ」
「俺としては何が起こったのか分かっていないから驚くことも出来ないよコクリコ。驚くとすれば、なぜかクロウス氏が両膝ついているって光景だからな。ラッキーパンチがたまたま当たっただけ。だから倒したという感覚はまったくない。速度で負けて膝を入れられたというのが俺の感想だ」
「ラッキーパンチであろうとも、打ち込むという動作を実行しなければ幸運だって訪れないってことだ」
「確かに。行動しなければ可能性なんてのは何も発生しないですからね。トール君のがむしゃらな行動が今回は良い方向に出たと思えば良いでしょう」
と、ゲッコーさんとユーリさんが言葉を交わす。
強者である二人にそう言われると嬉しくもあるけど。
しかし、やはりしっくりとこない。
デミタスの時は卑怯な手で倒した事で勝利に納得しなかったけど、今回はただただしっくりとこない勝利。
勝利と感じていないからこそ、普段なら油断なく残心を心がけるんだけども、それをしていない俺がいる。
で、そこではたとなってクロウス氏を見つつ構えるという遅さ。
もし気を失ったふりをしているとなれば、間違いなく俺は虚を衝かれていたところだ。
そうならないように、ゲッコーさんとユーリさんは俺の所へとやってきて警戒してくれていたって事なんだろうな。
その証拠とばかりに残心による構えを取れば、二人してクロウス氏へと向けていた銃口をやや下げるという動きを見せる。
――……うん……。
「情けない……」
「どうした?」
「徹頭徹尾、足を引っ張っていましたね……」
ゲッコーさんとユーリさん。本来なら一人でもクロウス氏と渡り合えるだけの実力を持っている。
俺とコクリコに合わせたんだな……。
「そんな事は無いさ。俺達の武器が通用しない事には苦労させられた」
「それはないでしょう。実際ゲッコーはショートソードを手にしてからはカラス頭に対してずっと有利に立ち回っていましたからね。私達に合わせましたね」
と、俺が思っていたことをコクリコも思ったのか口に出す。
出す声は心なしか元気がない。
やはり俺達に合わせた=俺達が足を引っ張っていた。ってことになるからな。
「まあいいじゃないか。相手は大立者。強いのは当然。だがソイツを相手に俺達は勝ったんだからな。それに勝利を得るまでの過程を思い出してみろ」
――アナイアレイションで何度も魔法を消滅させられようとも、追い詰めていくことでコクリコの魔法が直撃し、後退する相手の動きを制してくれた。
これにより前衛が仕掛けやすくなった。
四人が四人とも必要な動きを行ったからこそ、トールの最後の一撃へと繋がったんだ。
そう言ってくれるゲッコーさんと、ゲッコーさんが発するたびに鷹揚に頷くユーリさん。
「とにかく――だ。二人とも間違いなく強くなっている。だから一々、落ち込む必要なんてない。大立者に勝利したのは四人の力が合わさったからこそだぞ」
「ですね!」
ゲッコーさんの発言を耳にし、切り替えが早いコクリコは破顔で勝利を喜ぶ。
その切り替えの早さが羨ましい。
四人での勝利というのは喜ばしい事だけど、俺自身が炎の杭と例えられた一撃がどんなものだったのかを理解できていないから、諸手を挙げて喜ぶってのが出来ないでいる……。
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