北伐
PHASE-693【行きと違って帰りは大勢】
「さて、問題もあります」
「瘴気ですよね」
侯爵が首肯で返してくる。
俺たちがダンジョンに潜っている間、物見へと出ていた兵からの連絡を受けた侯爵の話では、カンクトス山脈はコンフォルターブル山の麓より続く街道から瘴気がなくなっていたというのが確認できたそうだ。
地龍の力によって、一帯の瘴気が浄化されたという事になる。
しかし、街道も先に進めば瘴気は残っているようで、街道を通るとなれば、兵達の行軍は不可能だという。
マール街付近までなら何とか移動も可能だそうだが、その先は街道ルートでは難しい。
地龍も本調子じゃないだろうからな。完全なる浄化には至らずといったところ。
やはり残りの二龍も救わないと大陸全体の浄化は不可能なようだ。
でも短期間でしっかりと偵察できたのは流石だ。
それを可能としたのが、侯爵が有する自慢の飛竜騎兵隊。略して竜騎兵だ。
「途中までとなると――」
「行軍は鈍化するでしょう」
確かマール街といえばタチアナの出身でもあったな。
王都への道のりは、瘴気を避けての移動だったから苦労したという話を聞いた記憶がある。
「難しい顔をされますな勇者殿」
俺の不安な表情を払拭させるような侯爵の自信に満ちた笑み。
「プランがあるようで」
俺の代わりにゲッコーさんが問えば、街道を使用しての行軍はそもそもしないと返ってくる。
麓からそのまま北西へと移動をすれば、時間を要するけども王都目前までは移動が可能だという。
その後は瘴気が空まで覆っていて竜騎兵でも先に進むことが出来なかったそうだけども、地上で瘴気のない場所を探索しながら移動すれば、王都までたどり着く事は可能と考えているようだ。
タチアナも可能だったんだからな。そのプランで問題はないだろう。
当然ながら一人旅と軍の行軍を比べれるのは違うだろうけど。
結局、鈍化は免れないな。
悲観するより、ここはバランド地方から王都までの移動が可能になっている事を喜ぶべきか。
「もし途中で足止めにあったとしても別に構わない。閣下が王都に援軍を出したという報が大陸に広がれば良いのだからな。日和見の貴族や豪族が斥候を放ち、耳だけでなく援軍を目にすれば、王都には多くの兵が参加するだろう」
と、ベル。
満足そうに侯爵も首肯で返す。
精兵を伴い辺境候が動く――。
バランド地方は未だ魔王軍の被害が出ていないと思っている野心抱く諸侯達がそれを耳にすれば、王様に対する野心も小さくなる。
そのまま素直に王様に対して忠誠を示す事で、現在の版図を維持する事に重きを置くように思考を傾かせる。
それが可能な程の影響力を持っているのが、この辺境候であるエンドリュー・アルジャイル・ハーカーソンスその人なんだろう。
普段は美人が大好きすぎるのが玉に瑕な人物でもあるけど、仕事はしっかりとこなす有能さんだし、恩を忘れない男気ある人物だ。
「しかし、迂回にも問題があります」
「それは?」
侯爵が言うには、バランド地方から王都へと続く迂回ルートには砦が築かれている。
その数は大小入れて百を超えるそうだ。
斥候の竜騎兵の報告では、その中の数カ所から炊煙が上がっていたのを確認。
現状、魔王軍の侵攻と瘴気蔓延により放置され続けている場所から炊煙が上がるのはおかしな話。
瘴気が浄化され行動範囲が広がったことで、この短期間に何かしらが砦を塒としている可能性があるという事だった。
炊煙が上がる各砦は隣接しており、のろしを上げれば直ぐに隣接する砦の者達が即応できる位置取り。
ランダムに砦を塒として選んでいるのではなく、計画的に使用していることと、立ち上る炊煙の規模からして百を超える存在がいると推測される。
何かしらや存在と侯爵は表現。まだ賊とも魔王軍とも確定していないからだろう。
王都周辺では最近、鳴りを潜めている魔王軍だが、もしかしたら遊軍を編制して王都に対し、東側から攻め立てる算段かもしれない。
「出来れば砦も確保しておきたいですね」
砦を確保することで、王都とバランド地方の間にある町村に直ぐに兵を派兵し、有事に当たれることで防衛力も向上する。
それに街道と砦群からの道が確保できるようになれば、将来バランド地方との物流ルートが円滑になり、王都に様々な品物が流通するようになる。
今は西側の港町レゾンや、南にあるリオスなどがメイン。
浄化も進めば滞っていた各地の貴族たちの私領とも流通が行われるようになるし、商圏も広がればそれだけ旅商人の移動も活発になり、それを護衛する冒険者たちの懐も潤う。
つまりは俺たちのギルドもほっこり笑顔になるわけだ。
「これは手早く砦への派兵もしないといけませんね」
制圧になるのか、話し合いで解決できるのかは行ってみないと分からない。
とにかく、侯爵の兵の行軍速度を上げるためにも、無駄に時間を労するのはよろしくない。
――――。
精兵五千が煌びやかな鎧に身を包み、つづら折りからなるコンフォルターブル山の麓に到着。
麓と行っても、王都側だ。
征東騎士団団長であるイリーと騎士団が先頭に立ち、整然と移動した行軍速度はお見事と、ゲッコーさんとベルからお褒めの言葉。
「ではイリーよ。行軍の指揮は任せる」
「は! まだ新参故、周囲の者の声にしっかりと耳を傾けることに専念いたします」
「うむ。慢心が高転びと繋がるからな」
侯爵はイリーに満面の笑みを湛えて砦ルートへと送り出す。
五千という数は決して多くはない。
とはいえバランド地方の防備も考えないといけないから、動かせるのはこれが精一杯。
姫の呪いの正体が廃城に住まう存在と分かった時は、五万の兵を動員すると苛烈に言ってたっけ。
十分の一である五千くらいが、派兵の適正人数だというのが現実だ。
そう考えると、あの時の侯爵は熱くなりすぎてたね。
五千という決して多くはない数。しかし、練度が高く装備も整っている。
倍以上の敵とぶつかっても負けないくらいの調練は積ませていると、侯爵は自信満々。
だが実戦となれば難しいだろう。
もちろん調練を行っていない民兵に比べれば戦いに対する気構えも違うし、混乱しても収拾は速いだろう。
でもな~。
俺たちが初めてドヌクトスを訪れた時の混乱っぷりはみっともなかった。
ずっと魔王軍と思われてたし。
まあ、見慣れない乗り物であるハンヴィーに乗っていれば、魔王軍と間違われても仕方なかったのかな。と、今になって思うけど。
混乱はしていたけど、イリーの登場で収拾したのも事実。
何より
実戦になっても心配はいらないと信じたい。
「大いに期待させてもらいます」
独白のつもりだったが、
「念には念を入れるべきだな」
拾われる。
「つまりはゲッコーさんの方からもご助力があると?」
「バランドの兵達より先に砦を抑えれば、行軍速度も上がるだろうからな。ここは出てもらう」
「本当に感謝しかないですよ。S級さん達には」
「自慢の同志たちだ。整列」
言えば音も無く七十人のS級さん達がゲッコーさんの前で整列。
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