PHASE-1412【餅は餅屋】
素直に従うリンの肩にベルが手を置く。
その瞬間、リンの体がビクリと震えた……。
あのリンを震えさせるんだからな。流石はベルといったところか……。
――準備が整ったところで、
「では思いを念じて繭に触れてください」
アルゲース氏の指示の元、皆して繭に触れる。
グローブと一体型の籠手を装備してない素手の状態で触れる繭は、先ほど吐き出されたばかりの糸だからか、わずかに温かさが残っている。
ふわふわした見た目とは違って、触ると存外、硬質なものだった。
――目を閉じて念じる。
とにかく大人しくも勇ましくて優しい成虫になってくれと願う。
願う俺の横では、コクリコが「最強たれ!」と言いながらも、「やはり最強の私の次くらいで」と、言い直す……。
シャルナは「元気に生まれて」と、まるで母親のような内容。
今回の冒険に参加してくれたタチアナ、コルレオン、パロンズ氏も念を込めて呟いていた。
各々が抱いている欠点を克服するような内容だったので、繭の中に伝えながらも、自分たちにも言い聞かせているといったところだろう。
「汎用と実用性のある生物で――」
シャルナの肩に手を乗せるゲッコーさんの思いは、如何にも軍人といった感じだな。
で、同じ軍人でも……、
「可愛いので……可愛いので……愛らしいので!」
――……念仏を唱えるように可愛いのを懇願するベル……。
幼虫の時のような姿だけは絶対に避けたいという思いが伝わってくる。
禍々しい姿もだけど、そもそも虫とかヌルテラ系がダメダメだからな。
それを感じさせない可愛いのが繭から出てこないと、ベルは乗ることはないな……。
お忙しい中、足を運んでくれた先生は、
「主や我々を導く力を」
繭に触れる俺の肩に手を乗せて祈る。
その思いをしっかりと俺が伝えましょう!
王様も先生と同じ思いを届けていた。
――。
「ではこれから二週間ほどの時間をかけて羽化となりますので、それまでの間に次の目的のための準備をしておいてください」
アルゲース氏のその発言で儀式――というより思いを伝える。もしくは自分にも言い聞かせるという時間が終了。
別段、疲れるという事はなかったけども――、
「ふぅぅぅ…………」
リンだけは精神的にしんどかったのか、重く長い溜め息。
完全なる精神耐性と、疲労を感じることのないアンデッドなのに、その特徴が一切、機能していないリンの姿を見れば、ベルからのプレッシャーが如何に大きなものだったのかが分かるというもの。
「リン。私の思いは伝えてくれたな」
「間違いなく……」
「ならばいい」
満足そうなベルとは違って、
「……頼むわよ……」
と、ベルの思いが具現化するようにとばかりに、繭の方を見ながらリンがポツリと声を漏らしていた。
ベルを相手にすると、高飛車も鳴りを潜めてしまうね。
「さて、良い経験をさせてもらった」
言って王様は満足そうに笑いながら王城へと戻っていった。
「では、繭となったこの子の世話もさせていただきます」
「よろしくお願いします」
繭を優しく擦りつつザジーさん。
もしもの時も考えて、アルゲース氏も羽化までは装備製作よりもこちらに傾倒してくれるということだった。
弟二人がいるから製作の方は問題ないそうだ。
アルゲース氏とザジーさんが協力して世話をしてくれるんだから、心配することはない。
――。
ザジーさんの頑張りっぷりを目にすると、
「有能な方々には、伸び伸びと仕事をやっていただきたいですね」
「然り」
執務室兼自室に戻り、先生と相対して話し合い。
王都に戻ると、基本、この会話イベントがある。
本当は昨日したかったけど、ハダン伯に時間を割かれて出来なかったからな。
「アビゲイルさん。魔導討究会の方からは――」
「まだまだ時間を要するようですね」
「そうですよね」
王都とミルド領の交易が繋がったことにより相互協力も可能となった。
これによりお互いの技術を併せ持ち、タリスマン使用の義手義足の開発が進められているわけだが、技術革新に近道はないようである。
最終的にはマナが使用できない一般人でも使用可能な物を作ることが目標だけども、まだまだ先は長そうだ。
マナ使用者の物だけでも完成すれば、希望も見えてくるんだけどね。
そういった義足が完成し、自分の足のように動かす事も可能となれば、ザジーさんも再び冒険者として活動できるようになるかもしれない。
戦いや怪我で失った四肢を復活させられるような技術は、戦線に戻るとかだけじゃなく、生活の為にも必須だからな。
「そういった類いの専門家を集めていかないとですね」
「そこは朗報もあります」
「ほうほう!」
俺達がエルウルドの森に行っている間に、王都でも色々と進行しており、
「カトゼンカ殿から協力のお言葉をいただきました」
「カトゼンカ氏からですか!」
「はい」
「それはありがたいですね!」
「はい」
興奮して座っていたソファから立ち上がる。
その俺の姿に先生は柔和な笑みを向けてくる。
素直に喜んでいる俺の姿に、先生も喜んでくれていた。
嬉しくもなるよ。
ヴァンヤールのハイエルフで、氏族筆頭の御仁が協力をしてくれるとなれば、喜ばしいのは当然だ。
しかもカトゼンカ氏はコクリコにサーバントストーンである、アドンとサムソンを与えた人物だからな。
あのサーバントストーンはカトゼンカ氏の家に伝わる家宝。
念じてサイコミュ兵器みたいに動かす事が出来るあの技術を有している、エルフの家系ってことなんだろうからな。
となれば――、
「念じてタリスマンを動かすくらい、ちょちょいのちょいですよ」
「正に専門分野でしょうね」
「有り難うございます」
言いつつ、王都の北東に位置するエリシュタルトへと頭を下げる。
以前にも義足義手の話をした時、サーバントストーンに似たような物で作るのだろうとも思っていたけど、まさか精通している人物から協力を得られるなんてね。
今までは国から出る事のなかった方々も、この世界の為に腰を上げてくれる。
カトゼンカ氏は氏族筆頭だし、新王であるエリスの補佐もしないといけないから、本人が直接ってわけじゃないんだろうけども、協力してもらえる事にはただただ感謝しかない。
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