PHASE-673【コクリコが大人に見える】
『許さないぞ!』
「これは挑発にのったか?」
「のったとみて良いでしょう」
地底湖の方向に漂う濃霧の中から再び影。
俺が全力で戦っていた幻術のドラゴン――奇岩に比べれば影は随分と小さい。
「あれ? 地龍くらいじゃないの」
濃霧に映る影はそのくらいしかなかった。
湖の方から近づいてきているためか、サバサバと水を掻く音が聞こえてくる。
「ライトニングスネーク」
――……流石はコクリコの姐御。
位置を把握していれば当たり前のように攻撃する。
戦闘中だから当然なんだけども、出てこいと言って、それに従って出て来る相手と顔を合わせる前に、平然と仕掛けるところは戦い方としては卑怯とも取られるだろうが、クレバーな戦法でもある。
「なんてやつだ!」
相対する方からお怒りの声があがる。
戦い方が巧みなコクリコはしっかりと水面にワンドを向けて唱えていた。
湖を泳いで移動しているであろうミストドラゴンにとっては、感電によるダメージを受けることになる。
ミスト、つまりは水属性に分類されると思われるドラゴンにとって、雷系は弱点のはずだからな。
というか、今回は声が一方向からだ。ちゃんと湖の方向から聞こえてきた。
――――!?
俺は幻術が解けた事で見えるようになった周囲の奇岩群を見渡す。
なるほどそうか――。7.1サラウンドって思ったのは、奇岩群が声を反響させていたのか。
そら臨場感があるわけだし、声で位置を特定できなかったわけだ。
「戦いの最中だというのに、のうのうと泳いでくるのが悪いんですよ」
こうやってまったく悪びれないのがいいな。
「許さないぞ!」
バシャンと水音を立てた後、地に足をつける音が続く。
「それはさっきも聞きましたよ。お子様」
コクリコの嘲笑の籠もった発言に、ミストドラゴンの方からはギリギリと歯を軋らせるような音が聞こえてきた。
声や音は対象の方向から。正体を晒したのだから、奇岩を活用した音の撹乱は必要ないとの判断かな。
「やっぱり小さい」
俺たちの眼前に現れたのは、地龍と同じくらいの馬サイズのドラゴン。
地龍のように風貌が馬に似ているのではなく、ドラゴン然としている。
四足で地を歩み、羽があって首が長い。
頭部には片鎌槍のような角が二本はえている。
純白の鱗に包まれたドラゴン。
体の周囲には霧が常時纏わりついており、その姿は正にミストドラゴンの名にふさわしかった。
全体をしっかりと目にする――。
「神秘的だな」
神々しい姿というのが俺の感想。
「チビですね」
ってのがコクリコの感想。
初対面に対する感想は別物だった。
「お前だってチビだろ!」
「私はやや小柄な程度ですよ。貴方はドラゴンなのにそれでいいんですか?」
ゲッコーさんの時もそうだったが、この場に地龍がいなくて本当によかったよ……。
「何なんだよこの人!」
長い首を動かして俺に問うてくるので肩を竦めて返す。
だって、それがコクリコだから。
「馬鹿にして! アイスブリック」
氷塊の正体はそれか。
口を開けば、口から直接吐き出されるのではなく、開いた口の前で大気中の冷気が集束するようにしてから発射される。
巨影の時はサイズに不釣り合いな事に違和感を感じたが、本当の姿から放たれれば違和感はない。
「おら!」
ロングソードからミスリルメイスに変更。
ポーションのおかげで手の痺れも緩和してきたので全力で振り下ろし、メイスの頭部にて迎撃。
オリハルコンに比べれば、ミスリルはランクは落ちる鉱物だが、斬撃による切り払いよりも打撃の一撃の方が、より氷塊を細かくする事が可能。
剣身のあるロングソードと違って、頭部だけにピンポイントで当てなければならないメイスだと迎撃の難易度は上がるけども、
「放たれるところからしっかりと見せてもらえるなら、得物を変えてもこの程度の事は出来るんだよな」
メイスを担って得意げに言ってやれば、
「さっきまで幻術に囚われていたくせに!」
と、言い返してくる。
で、俺はそれに対して事実なので言い返せない。
「知ったことではありません。最終的に勝てばよかろうなのです。経過より結果です」
姐御が格好いいぜ。
続けて口を開いて繰り出すのはライトニングスネーク。
やはり以前のものと違って、雷の蛇が逞しくなっている。
もちろんライトニングボアなんかと比べると細身だけども、今までがホースサイズなら、現在のは綱引きの綱サイズ。
「ウォーターカーテン」
聞いたことのない魔法。
ミストドラゴンの前面に水の幕が顕現し、カーテンが靡くように水が波打つ。
ライトニングスネークが直撃すれば容易く幕は消滅するけども、電撃の蛇もそこで消滅。
持続しない一回限りの障壁魔法のようだ。
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