PHASE-978【怨恨】

「まずは旗への侮辱を謝罪させてもらう」

 ここでようやく口を開いてくれた鉄仮面。

 場を整えるかのように、先ほどベルの圧によって一歩下がった鉄仮面が二歩前へと踏み出してから頭を下げての謝罪。

 仮面が原因であろうくぐもった声は、ボイスチェンジャーを使用した感じの声だった。

 低音の声は絶大で、先ほどまでベルに気圧され、仰け反り下がっていた者たちがその場で踏みとどまる姿勢に変わる。

 それだけを見ても、この傭兵団は愚連隊と小馬鹿に出来ない相手だというのが分かる。


「だが我々もそちらには随分と侮辱された」


「それはお前たちが悪道を進んだ結果、討伐対象になったにすぎん。侮辱ではなく逆恨みというのだ」


「確かにその言は正しいが、こちらにも貴方方が知らない歴とした恨みもあるのだ。そこは理解してもらいたい」


「ほお」

 ベルの足が止まる。

 鉄仮面の奥から覗かせる目に信用できる力でも宿っていたのか、発言には偽りがないと判断したようだ。

 口を開けば意外と饒舌。言葉のキャッチボールはちゃんと出来そうな相手だな。


「その恨みは傭兵団以前の出来事に起因しているようだ」


「!? こちらの素性を知っている――と?」

 鉄仮面越しでも驚いているというのは伝わってくる。

 

 対するベルは、


「知らん」

 と、一蹴し、鉄仮面の発言の端々からそう推測しただけだと付け加える。

 貴方方が知らない。つまりは俺達が傭兵団とぶつかる以前からの因縁があるんだろうと、一蹴した後にベルが返せば、鉄仮面だから分かりにくかったが、首肯が返ってきた。


 となると――だ。


「爺様」

 俺達というより、爺様や公爵家が起因になっている可能性が高い。


「ううむ――」

 腕を組んで首を傾げる。

 心当たりはない模様。

 そらエングレーブの入った、フルフェイスタイプの鉄仮面で素顔を隠されてたら分からんわな。

 公爵家の政略なんかで恨みを持つ立場にでもなったかな?

 あるとするならそれしかないだろう。


「知らなくて結構。知らぬままその首をいただく」

 発言からしてやはり爺様への怨恨のようだ。

 その発言を耳にすれば、スティーブンスが即座に爺様の前に立つ。


「ならば私が寝込んでいた時にでもこの老体の細首を落とせばよかったものを」


「如何に愚息と関係を持っても、この屋敷での行動は制限されていたのでね。それに――」

 スティーブンスに目を向けている――ように見えた。

 鉄仮面から向けられる視線が自分に対するものだと受け取った執事のスティーブンスは典雅な一礼で返している。

 余裕である。

 この余裕ある執事が寝たきりの爺様を常に守っていれば、そうそう事を荒立てる行動は取れないよな。

 

 スティーブンスが一礼にて腰を曲げたところで、その後ろに立つ爺様の上体が露わになると、


「フリーズダート!」

 怨嗟の籠もった声と共に、ナイフサイズからなる菱形状の氷塊が顕現すれば、勢いよく爺様の方へと放たれる。

 鉄仮面で表情は窺えないが、体全体から発している殺気は離れた位置からでも十分に伝わるものだった。


「なんの!」


「すげっ!」

 スティーブンスは凄い執事だとは分かっていたけど、白い手袋をした右手でがっちりと攻撃魔法であるスリーズダートをキャッチ。


「お返しいたします」

 と言いつつ勢いよく腕を振り、術者である鉄仮面へと投げ返す。


「無礼だぞ。執事程度が!」

 ガラドスクが背負った柿色の布を外せば、そこから出てきたのはやはりウォーハンマー。

 それを全力で一振り。

 ブォンと豪快な風切り音がこちらまでしっかりと届けば、鉄仮面へと返されることなく、ナイフサイズの氷塊は砕ける。

 細かく――というより、粉砕という言葉が正しい程に氷は粒子状となって宙に舞った。


「随分と恨まれているようだな。彼の者は私の首をよほど欲しいと見える」


「左様でございますね」


「この領地を保つために犠牲もやむなしといった決断もした事があるしな。こういった形で返ってくる事も重々、理解している」


「左様でございますね」


「だが、あの程度の魔法ならば我がミスリルで切り払えた」


「左様ございますが、無理をさせては執事失格ですので」

 柔和な笑みを崩すことなくスティーブンスに言われれば、爺様、労いの言葉をかけてスティーブンスより前に出る。


「さて、私に恨みがあるのは仕方がない。が、変わろうとしているこのミルドの地をこれ以上お前たちの蛮行で汚されるのは困るのだ。私の首一つで解決するならそれもいいと思う――事もあったが、現当主を支えたいという欲が芽生えてな。申し訳ないがここでお前たちを壊滅させてもらう」

 齢七十を過ぎ、骨張った手で杖を握る老人の声音は、夜の帳と共に下がる気温よりも冷ややかなモノだった。

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