PHASE-894【物あつかいなんだな……】
「ラルゴの言ってたとおりだな」
俺達が目を向ける先では――、普通に人の売買が行われている光景だった。
遠巻きだからはっきりとは分からないけども、商人風の男の側では褐色の肌の屈強な男が立たされている。
服装はこの寒い北国では考えられないもので、麻袋に首と四肢を通すためだけに穴を開けたような簡素な服だった。
手枷の金属は直接手首に取り付けられている。この寒い中ではそれだけでも苦痛だろう。
尊厳なき姿を見て不快に思うのは俺達だけのようで、周囲は何とも思っていないようだ。
それに手枷をされた褐色の男も衆目に晒されているというのに、抵抗をするといった事もせずただ立っているだけ。
ビジョンで全体を確認しつつ表情も見れば、
「――なんというか、精根尽き果てたって感じの顔だな」
「ですね」
マイヤもビジョンを使用したようで同じ感想だった。
あの表情だけであの男性のこれまでの背景が見えてくる。
大方どこぞの領内で襲われて連れてこられたあげくに商売道具となったんだろうな。
捕まった時は抵抗はしたのだろうけど、今では抵抗することにも疲れたといったところ。
どうにでもしてくれって感じが表情から伝わってくる。
尊厳を奪われればどうでもよくなるってのは本当だな。
「そこの方」
と、側に立つ男性に話しかけて一応あの男性の事を聞けば、ここいらは初めてか? と問われ、素直に肯定すれば怪しむこともなく商品という単語で返してきた。
あけすけに――だ。
この人にとって人が商品という事は当たり前のようだ。
当たり前じゃない事が当たり前になっているのは何ともよろしくない。
「欲しいんですか?」
と、再び問えば首を横に振る。
お目当てではないからだそうだ。
自分の欲しい物がくれば、持参した金は全て投入するつもりだと気迫をこめての返事。
奴隷は買ってしまえば後は好きにしていい。
買った分の金額以上の働きさえ見込めればいい。そう考えると今出ている商品は優良だろうとのことだ。
商品を買うなら自分が現在なにを求めているのかをよく考えてから買うことだよ。と、良心的な対応で説明を受けた。
何とも言えない気持ち悪さがあった。
俺が話しかけた人物は多分だけど、いい人だ。
初めての場所に立っているからそれに対して丁寧に教えてくれる。
普通なら面倒くさくて適当にあしらったりする人もいるだろうけど、俺が話しかけた人物はしっかりと教えてくれた。
でも口から発せられる単語は人ではなく商品。
やはりこの人とって奴隷の売買は当たり前であって、罪悪感というものはないようだ。
この人が悪いのではなく、これが当たり前になっている原因を作った馬鹿息子のカリオネルと、それに組した貴族たちに責任がある。
だから商品と呼ばれる男性もこれが当然の運命だと思って暴れる事もしないんだろう。
加えて商人風の男の後ろに立つ、がたいのいい男二人の存在が、抵抗の抑止にもなっているようだ。
腰にそなえるのは棍棒。
刀剣を佩いてはいないが、バットほどの長さのある棍棒は、無手で手枷をされている人物にとっては驚異でしかない。
ここに至るまでにその棍棒で尊厳も砕かれたと見ていいだろう。
――。
「ではそちらの旦那! ダーナ雫型金貨五枚で落札!」
パンッ! とハンマープライスの代わりに掌を打ち合わせればざわつきが生まれる。
買えなかった悔しさに、買った人物への称賛が入り交じったざわつき。
そんな光景も驚きだが、それ以上の驚きは価格だ。雫型金貨が五枚。日本円で約五万。あの人物のこれからの一生がたったの五万か……。
「あってはならないな」
ポツリと発して目配せをすれば理解するカイルは流石である。
長身で筋骨隆々な体からは想像できない器用な動きで人垣の中を縫うように進んで行く。
目指す先は、男性を購入して満面の笑みのおっさん。
向こうはカイルに任せるとして――、俺は商人に対応しようと足を一歩だそうとしたところで、
「次の商品です」
この商人の発言に、
「来た!」
俺に詳しく教えてくれたおっさんが短い大声。
短くはあったけども興奮していたのが分かった。
鼻息が荒いのは、待ちに待ったお目当ての品が出てきたからだろう。瞳が期待で輝いている。
輝かせる視線の先を追えば――……おっさん……。
少しでもいい人だと思った俺に謝ってくれよ……。
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