PHASE-886【孫ルート】

 ――まず公爵が羽根ペンを手に持ち、流麗な筆致で自身の名を書いていく。

 骨張った手で杖をつかないと歩行出来ないけども、字を書く姿勢は威厳が伝わってくるし美しかった。


「では勇者よ――いや、我が孫よ」

 そうか――、孫になるのか……。

 日本にいる俺大好きな爺ちゃん、別の爺ちゃんが出来るようだけどヤキモチ焼かないでね。

 俺の前にある羽根ペンを手にとって名を書く。

 ていうか、羽根ペンって握りづらいな。ボールペンがいいんだけど。


「フッ――」

 と、メモに手早く捏造した活躍を書くことに長けたコクリコから鼻で笑われる。

 公爵に負けないくらいに流麗な筆致なのは認める。だからこそ俺の字は笑われる対象になるんだろうな……。

 

「見事だな」

 なぜかベルが褒めて――いるわけじゃない……。

 コクリコ同様に嘲笑を浮かべているからね……。


「見事な金釘流だ」

 と、継ぐ。


「普段、羽根ペンなんて使用しないからね。ボールペンならね」


「弘法筆を選ばず――だ」

 と、即座にツッコんでくるゲッコーさん。

 握りにくいだけで極端に下手にはならないよね……。

 言い訳が見透かされてますよ。


「主、今後は爵位第一位である公爵となりますので、少しは書き取りも頑張りましょう」


「キーボード、スマホ世代なんで」


「そんなものは理由にならない。突き詰めればハイテクはローテクには勝てない。ローテクをしっかりと磨け」


「……はい」

 俺の発言内容を理解できるゲッコーさんからの二度目のツッコミを有りがたくいただく。


「では拇印をしたいのだが――」

 ここで公爵が困った表情。


「どうしました?」

 聞いてみると、


「うむ。形式だから別によいのだが、出来る事ならこの短剣ではなくウーヴリールでやりたかった。愚息が持ち出してしまい不明となっているのだ……」

 語末にいくにつれ公爵の声は寂しさを帯びていく。


 にしても――、


「ウーヴリール?」

 なんぞそれ?


「それならばトールが持っているでしょう」

 ここで王様。

 俺が持っているそうだ。何を? ウーヴリールを。

 でも固有名詞だけでは分からん。


「我が家の家宝である。悪しき時代を切り開くということから名付けられた宝剣だ」


「ああ!」

 緋緋色金のやつね。

 剣身は素晴らしいけど、それ以外がダメダメのやつだ。

 返却しようと思っていたけども――。


「ええっと――あれって誰が預かってるんですかね?」


「カイルとマイヤが責任をもって管理しています」

 先生が守り手として選んだのは、青色級ゴルムである腕利きの古参者二名。

 人類の叡智が注ぎ込まれた金属より生まれた宝剣。

 宝剣となれば心清き者でも魅了されてしまう可能性があるからと、実力のあるこの二人に守らせていたという。

 カイルは王都防衛時のホブゴブリン戦にて、王兵達を指揮している経験もあるから王様も信頼しており「彼の者が守っていれば問題ありません」と、公爵を安心させていた。


 ――カイル達を呼べば、なぜかギムロンまでついてきている……。

 未だに緋緋色金の剣――ウーヴリールを狙っているご様子。正に心清き者が魅了されている光景だ……。

 目が完全に捕食者のものだよ。

 

 公爵家の家宝だからな。ご神体のようなものをギムロンに渡す事は出来ないので、ベルに横に立ってもらい大人しくなってもらう。

 ミルド領をしっかりと統治したら、今回の報酬は良い物をあげるからそれで我慢してもらおう。

 

 カイルは手にした宝剣をどうやって渡すか困惑しつつも、鞘を握った両手を前に突きだして公爵へと手渡す。

 基本カイルは礼儀作法はしっかりしている方だけど、根は冒険者。王侯貴族なんかの礼儀作法を培っていないのは目をつぶってもらいたい。


「なんだ…………これは……」

 目をつぶるどころか、公爵の目は大きく開かれる。

 礼儀作法などどうでもいいレベルの事が自分の両手で発生しているからだ。


 なぜこのような醜悪で下品なこしらえになっているのだ。と、公爵が嘆く。

 ショックが足にきたのか、ふらつきはじめたので横に立つ俺が支えてあげる。

 

 家宝をこの様にしたのは誰か! と、ここにいる面子に問うことはない。

 こういった事をしでかすのは一人しかいないと分かっているからだろう。

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