PHASE-885【後はサインだけ】

「皆はどう思う? 特にベルとゲッコーさん」

 先生の熱い視線を回避するように首をぐるんと可動させ、俺が力に溺れないように常に背後に立つ二人に問うてみる。

 今回は権力に溺れるという可能性も出てくるかもしれないよ。


「別に問題はないだろう」

 意外や意外。ベルはすんなりと受け入れるようだ。

 でもって、


「必要となる力は持っていて損はない。ただ責任も大きくなるがな」

 ゲッコーさんもすんなり。

 ただ指導者という立場でもあるからか、上に立つ者は覚悟も必要だぞ。というのが発言から伝わり、渋くて良い声はプレッシャーを感じさせるものだった。

 成ったならちゃんとやれという圧だろう。

 

 ――――政治能力がなくても先生と公爵がサポートしてくれる。

 もちろん先生は王都でも活動してもらわないといけないからずっとミルド領にはいられないし、俺もいられない。

 となると公爵だけが残るわけだが、それだともしもの時に対応が遅れるかもしれない。

 公爵が再び野望に燃えるって可能性は低いけども、ここは念には念を入れて――、


「先生の知り合いに協力してもらいましょうかね。先生が王都で安心して活動できるように」


「なるほど。名は出なくとも、私の知り合いで私が安心できる人物となれば限られますからね。頼らせてもらいましょう」

 ミルド領は公都であるラングリスに到着したら協力を願おう。

 先生が話をしてくれれば協力はしてくれるだろう。


「主」


「はいはい」


「主の言い様からするに受けてくれるのですね。公爵の位を」


「皆が反対しないなら受けるしかないですよね。自分で自発的になるんじゃなく、皆が認めることでなるなら協力する度合いも違うでしょうからね。ガッツリと手助けしてもらいますよ。俺は自分の能力なんてたかが知れていると分かっていますからね。俺が出来ない事は出来る人間に丸投げしますのでその辺は覚悟してください」


「上に立つ者として十分な素質です」

 出来ない事は出来る者に任せる。

 それで失敗しても相手を咎めない。

 その人物に出来ないのなら俺には到底できない事なのだから。

 こういった考えを口に出して伝えれば、先生は柔和な笑みを湛えてくれる。

 公爵も先生同様に、上に立つ素質があると言ってくれた。


「しかし、言い忘れていることもある」


「なんだベル?」


「失敗を咎めないのはいいが、それで生まれた責任は――」


「勿論、俺の責任!」

 元気いっぱいに返してやったらベルも優しい笑みを湛えてくれたので、思わず好きだ! と、大声が出そうになったよ。


「では、始めよう」

 俺達のやりとりを確認し、頃合いとばかりに王様が玉座より立ち上がる。

 いま気付いたけど、玉座が変更されていた。

 馬鹿息子が好む奢侈な椅子から素朴な木の椅子に。

 台所なんかにありそうな椅子だった。

 急遽だったからその辺の肘掛けのついた椅子を玉座に選択した感じだ。派手じゃないのは好感が持てるよね。

 この王様らしい質素なセンスだ。


「では――叔父上」


「なんでしょう? 陛下」


「叔父上からの爵位返上はこちらからお断りいたします」


「畏まりました。では、その爵位を遠坂 亨へと継承させていただきたい」


「それは叔父上が有する権限。こちらが横から口出しすることではありません。ご自分のお好きなように」


「助かります陛下。色々と簡略化していただき」

 返上から俺にミルド領の爵位授与をするより、継承の方が手早いようだ。


 ――程なくして用意されたのは、二人の近衛によって運ばれた光沢有る黒色の長机。

 後に続く別の近衛が、机と同色の盆を持ち、載せていた物を机に置いていく。

 ――羽根ペン二本とインク壺が二つ。

 ワンセットずつが机の左右に置かれ、その中央に一枚の羊皮紙と鞘に収まる一本の短剣が置かれる。

 羊皮紙は普段使いのような紙端したんに破れがある代物ではなく、美しいA4 サイズに整えられており、滑らかな表面は見ただけでペンの書き味が良いだろうというのが分かるもの。

 

 最高級の羊皮紙に長々と書かれた文字をざっと読めば、内容は俺へと爵位を継承するというもの。

 一番下の項目には名前を記入する箇所が二カ所ある。

 公爵から俺へといったところだろう。

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