PHASE-1183【抜かせないでね】
「異議申し立てもなく、力による訴えもなかった。無事に済んだって事でいいよな」
「そういう事だ」
独白のつもりだったが、ベルがしっかりと返してくれる。
ダークエルフにハーフエルフの参加もあったが、それに対して問題も発生せず、滞りなく無事に戴冠式を終えた事に俺は安堵する。
――――。
戴冠式とは打って変わって、以前にも会食で使用された大広間は現在、大騒ぎの状態。
次期王も決まり、その王には妃となる者もいる。大騒ぎになる理由としては十分。
めでたいことは大いに喜び騒ぐというのは、人間もドワーフもエルフも変わらないようだ。
戴冠式の前に色々とあったからか、それらを打ち消してやろうとばかりに前王となったエリスの親父さんが中心となって騒いでいた。
日和見タイプの二人の氏族もそれに追随している。
ルミナングスさんはお堅いからか、警護役として参加していた。
で――、
「勇者――トール殿は参加しないのですかな?」
「俺の代わりがいるので大丈夫でしょう」
「――そのようで」
前王に負けないくらいに目立つのは当然コクリコ。
戴冠式では非常に大人しかったけども、今は真逆の行動。
前王と一緒になって、騒がしさの中心に立っている。
本来、祝われるべき立場であるエリスとルリエールに衆目が集まるべきだろうけど……。
後で怒らないといけないとも思うけど、今回はすこぶる頑張ってくれたし、むしろ主役の二人がはやし立てているので今回は大目に見よう。
で――、
俺がバルコニーで夜風に当たっているところで話しかけてきたのは蛇さん。
なんとも柔和な顔である。
今までのイメージと正反対って印象だ。
「この国のために励んでくださり感謝します。いくら礼を述べても足りませんでしょうが」
「いえいえ」
「間違いなくエリシュタルトの今後の方針は大きく変わるでしょう。トール殿はその転換点に立った存在ですね」
「いいんですか?」
「それが新たなる王のお考えならば、私たち氏族はそれを支えるだけです」
へ~。
「意外ですかな」
「意外ですね」
即答で返してやる。
明らかに最初に出会った時と違うからね。
氏族の筆頭として王族と対等に渡り合い、旧態依然を維持する旗振りだと思っていたからな。
「私とてこの国の変革を願っていた存在なので」
「本当ですか~」
――……おっといかん……。
ついつい建前じゃなく本音がポロリと漏れてしまった……。
疑惑の念を混じらせた声音を蛇さんにぶつけてしまったよ。
「そう見えていたのならば重畳。役者も顔負けの立ち振る舞いをご覧に入れることが出来たようですね」
「……王族と相対する側に立って、王族と氏族とのバランスを保っていたとでも?」
何とも都合のいい言い様ですね。そうやって今まで自分の権力を守るために立ち回ってきたんじゃないんですかね?
――といった思いを口に出して継ぐことはしなかったので、社交場では及第点の返事だろう。
「私が虚言を述べているといった表情ですね。見事な半眼ですよ」
口には出さなくても表情までは変えることが出来なかったようだな。俺。
「だって都合よすぎでしょ」
「然り」
肯定してくる姿は余裕がある。
長身痩躯が見下ろしてくれば迫力があるのは戴冠式でも理解はしている。
王族側が有利になったからただそちらに靡いただけの風見鶏――と、毒づきそうにもなるが、
「荀彧殿や荀攸殿がこの場にいたら溜め息を漏らすだろうな」
嘆息まじりの発言が耳朶に届き、俺の口は止まる。
「これは美姫殿」
ミユキを抱っこしたままベルもバルコニーへとやってくる。
大広間の熱気が辛かったご様子。
ベルというよりは、抱っこしているミユキが大広間が騒がしくて落ち着かなかったってのが最たる理由だろうね。
アンデッドなのに落ち着かないってのもな。ミユキには精神耐性が備わってないのかな?
「美姫と呼ばれるのはあまり……」
「いえいえ、皆様そう言っておられますので美姫と呼ばせていただきます」
美姫と呼ばれるのは照れくさいといったところもあるようだが、蛇さんは呼称を変えるつもりはないご様子。
「溜め息の原因はなんだ?」
助け船とばかりに俺がベルへと問えば、
「カトゼンカ殿の発していることに虚言はないという事だ」
「本当かよ~」
本人を前にして、信じられない感まる出しの俺の発言も大概だけども……。
「もっと言うなら、ポルパロング、カゲスト両氏の動きも熟知していたのでは?」
このベルの発言にバルコニーにはひりついた空気が漂う。
漂わせているのは俺一人なんだけども。
祝いの席ということで佩刀佩剣は許されない――ってわけではない。
俺たちパーティーに関しては装備も特別の物が多いからという事もあり、エリスが気をつかって装備した状態での参加を許してくれている。
こんな場で抜くという事などしないという信頼を俺たちに抱いてくれているということもあるんだろうが――、
「返答次第では一触即発ですね」
「では慎重に応じなければなりませんな」
「そう願いますよ」
わずかにだけども俺は右手を残火の柄に近づける。
細目がしっかりと俺の動作を捕捉。
氏族の筆頭ともなれば、ポルパロングやカゲストよりも魔法などの実力は高いと考えた方がいいよな。
俺と蛇さんの間に緊張感が走る――という状況なのだが、ベルはどこ吹く風とばかりに、ミユキを抱っこしてただ見てくるだけ……。
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