PHASE-1182【次代の時代】

 戴冠式ってのは、城にある玉座の間なんかで行われるとばかり思っていたけども――違っていた。

 城から少し離れた場所にて執り行われる。

 この国においてもっとも神聖な場所とされる神樹マンドスと呼ばれる巨木。

 今まで目にしたなかで最も巨大な木の下部には、木と一体化させたかのように造られたジロロト大聖堂があり、戴冠式はこの大聖堂にて行われる。


 俺たちパーティーは賓客として招かれ、聖壇に対面するように並ぶベンチタイプの木製の椅子に着席して式に参加。

 後ろではシャルナがリンに対し、アンデッドがこの神聖の空気の中にいて大丈夫なの? と小馬鹿にしていた。

 何となくだが、シャルナからは空回りしている感じが窺えた。

 そんなシャルナに対し、いつものようにリンが切り返せばムキになるという流れ。

 今回は場も場であるからか、俺の横に座るベルが肩越しにシャルナを睨めばそれで大人しくなる。

 ベルに叱られるシャルナってなんとも珍しい光景だ。

 あれかな? 抱っこしているミユキもアンデッドだからかな?

 というか、ベルもミユキをこの場に連れてこないでいただきたい……。


 で、普段こういった時の叱られ要員筆頭であるコクリコは大人しい。

 ――……なんで大人しいのかは分かっているけども……。

 その横ではギムロンが隠し持ってきた酒をコソコソと飲み、ゲッコーさんもその酒を拝借していた。

 素行の悪い不良おっさん二人……。

 どうしよう。メンバーの中で真面目なの俺とコクリコだけやん……。


「現王よ。次期王へ戴冠を」

 進行役の蛇さんがそう言えば、王様は鷹揚な首肯で返す。

 大聖堂の最奥となる聖壇の前に王様が立てば、それに合わせて現れるのは一人の女性。

 その女性を目にした途端に厳かだった聖堂内にざわつきが生まれる。

 

 ――が、


「う、ううんっ!」

 六氏族筆頭の蛇さんがわざとらしく咳を一つ打ち、聖壇付近から参加者を見渡す。

 二メートルを超える長身による見渡し。

 座っている側からすれば、二メートルを超える人物からの見下ろしは圧力満点。

 加えて普段は目を閉じてんの? と思うくらいに細目な蛇さんが目を見開いてギロリと見渡すのだから、圧力も倍加するってもんだ。

 蛇さんの動作一つで静寂が瞬時にして戻ってくる。

 流石は氏族筆頭。強者特有の圧ってのをしっかりと有している。


「では――」

 静まりかえったところで王様が発せば、トレー状の物に乗せた王冠を王様の元まで運ぶのは、ざわつきを生み出した存在である女性。

 女性というより少女。

 小柄で褐色の肌からなる銀髪の美少女。つまりは――次期王の妃となる存在であるルリエールだった。

 

 ダークエルフがこの神聖な場にいることに対し、未だに納得がいっていないハイエルフ達もいるみたいだけども、蛇さんが睨みを利かせることでそれらを黙らせているといったところ。

 見開いた目が常に全体を見渡し、圧を与え続けている。

 

 ダークエルフ側で参加しているのはルリエールだけではなく、侍女のトップであろうムシュハさんに、ルマリアさんとアルテリミーヤさんも俺たちと同じように椅子に座っている。

 座席位置は最後方。

 そして――、ルマリアさんの隣には兄であるネクレス氏の姿もあった。

 騒乱の中心人物であったが、その騒乱自体をエリスがなかった事にしてしまったことでお咎めはない。

 とはいえ、この参加には正直、驚いた。

 他にも驚かされたのは、並んだ椅子の最前列にサルタナとハウルーシ君が座っているということだろう。

 前者はエリスの護衛という立場で、後者はルリエールの護衛という立場で呼ばれたという。

 ハーフエルフとダークエルフが参加する異質な戴冠式となった。と、参加しているハイエルフの一部陣営は心の中で呟いているのだろうが、反論の声が上がることはない。

 ざわつき程度ですんだのは、圧を与えている蛇さんが式の前にしっかりと根回しをしていたからだというのを俺たちはルミナングスさんから事前に聞かされていた。


「おう、ありゃ特別なミスリルだの」

 背後から酒気を吐き出しながらのギムロン。


「そうなのか?」

 問えば、「おうよ。欲しいの~」と、欲望まる出しで返してくる。

 あれがミスリル――ね~。

 どう見ても普段、目にしているミスリルの方が神々しいけどな。

 青白い美しい輝きを放つミスリルに対して、月桂冠のようなデザインからなる王冠には神々しい輝きはない。

 くすんだ鈍い輝きは酸化したシルバーアクセサリーを思わせる。


「では殿下」

 父親の前で片膝をつく小さな体が蛇さん声に反応し、頭を上げて口を開けば、


「王よ。自分は次代を担うに相応しいでしょうか」


「向こう見ずなところもあるが、一人で考える事をせず、周囲の力を信じ頼ろうとする器も有している。その精神を忘れずに驕ることなく精進できるか」


「無論です」


「ならばよし!」

 大聖堂に王様の大音声が響き渡る。

 豪快なその声は荘厳な造りの大聖堂に相応しくはなかったが、蛇さんの目はざわついた参加者たちに向けた険しいものとは違い、柔和な表情。


「これから必ず訪れる苦難に立ち向かうという事を理解しながら――」


「王冠を戴かせてもらいます!」


「うむ!」

 王様、息子の快活な返事にご満悦とばかりに、くすんだ王冠を手に取れば、エリスの頭へと乗せる。


「拝受いたしました」

 王冠を戴くエリスはすくりと立ち上がり、頭を深く王様へと下げる。


「下げるな。下げるな。こういった時にしか使用しない王冠が落ちるぞ」

 などと冗談で返す――前王様。


「第八代エリシュタルト国王、エリスヴェン・ファラサール・エドラヒル陛下の誕生である」

 蛇さんに合わせてエリスが体を反転させ、参加している者達に王冠を戴いた姿をしっかりと見せる。

 それに対して一同が起立。

 やや遅れ気味に俺たちパーティーも起立する。

 そして典雅な一礼。ここでもやや遅れ気味な俺たち。

 拍手喝采、万歳三唱ってのはない。

 最後まで厳かに執り行われた。

 

 前王の豪快な声と参加者のざわつき以外に目立った騒ぎというものは起こらないまま、戴冠式は無事に終了する。

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