PHASE-1184【バランサー】
「美姫殿は熟知と言いましたが――そこは訂正させていただきます。熟知していればクリミネアン殿にあのような蛮行はさせなかった」
「謀反を起こす疑いがある事までは把握していたと?」
「いえ流石に……。地位の向上程度と思っていたくらいです。まさか謀反とは……」
イエスマンがそこまで大それた事を行えるだけの奸知を有した存在ではないと認識していた蛇さん。
しかし一人は操られ、もう一人は奸雄の器はなかったものの、絶好の機会をデミタスに与えられたことで欲によって視野が狭くなり、愚行に走った。
流石にここまでの大事になるとは考えていなかったようだ。
「私が手綱を取り、現状を維持しつつ、エリスヴェン様が元服するまでは様子を見るつもりだったのですがね。デミタスなる魔王軍の手の者によってその考えが崩されましたよ」
「と、言う割には声に残念さは滲み出ていませんね。むしろ声の調子はいいようですが」
「当然でしょう」
「それはなぜです?」
言いつつしっかりと睨みを利かせ、わずかな隙も与えないという圧をぶつける。
抵抗するならば――容赦はしないという意思を伝えるため、残火の柄に向けて右手を更に近づけていく。
対して俺から視線を逸らす蛇さん。
別段、俺の圧が原因というわけではない。
――細目が見つめるのは、大広間の中で視線を浴びる前王とコクリコに――ではなく、側ではやし立てているエリスに。
「両名の死までは望んではいなかったのですがね。ですが今後、次代の王を妨げるだけの力を有した者達は消えたことになります」
発言を耳にし、チラリと不動のベルを見る。
エメラルドグリーンからの視線がこちらと交われば、小さな首肯にて返してくれる。
つまりは――そういう事だって伝えてきている。
そういう事――、
「カトゼンカ氏は現在の状況を待ち望んでいたわけですか?」
「無論。これからという時にエリスヴェン様が攫われた時は慌てふためきましたがね」
ああ、そういえばエリスが攫われた時、これからだというのにって独白を漏らしていたような記憶がある。
他にも最初の会食にて料理の作り手が前王だったってのもこの人だけが氏族の中で知っていた感じだったな。
王族と氏族の二大勢力の中で均衡を保つように取り計らっていたのは――この人って事か。
先ほど【王族と氏族とのバランスを保っていたとでも?】――と俺は口にしたが、蛇さんは本当にそういった行動を取っていたというわけか。
「だったらもっと表面に出していけばいいでしょうに」
「そうなると、私ではなくシッタージュ殿が台頭したでしょう」
筆頭である自分が王族サイドに肩入れすれば、王族と氏族の二大勢力のバランスが崩れる。
そうなるとソレをおもしろく思わない者が必ず現れる。
現に今回、二人がそういった動きをした。
我欲を刺激され、フル・ギルに支配された者。
権力欲を刺激され、自身の判断で行動した者。
前者はフル・ギルの支配を受ける以前から欲深であった存在。
しかもその存在は各所の後方支援を担当し、この国でも多くの兵を従えている立場であった。
そこに後者が協力すれば、旧態依然を維持したい者達も二人に呼応したことだろう。
最悪の結果、国を二分しての内戦へと発展。
もし内戦が起こったとしても、起こした者達の兵数が多かろうとも負けるつもりはさらさらないが、勝利者側も無事ではすまないだろうと蛇さん。
だから自分がその間に入って取り持っていたという事だった。
王族への揺るがない忠義を抱いたまま。
「カトゼンカ氏はルミナングスさんと同じ立場であると考えていいんですか?」
「そのように思ってくれれば幸いです」
「俺はずっと嫌な連中の筆頭だと思っていましたよ」
「最高の褒め言葉ですよ。やはり役者も顔負けな立ち振る舞いが出来ていたようだ」
勇者殿を欺けるほど真に迫っていた芝居が出来て誇らしいと自画自賛すれば、嫌味ではなく心底から溢れ出た喜びの笑みを向けてくる。
細目の笑みに毒気が抜かれたようで、柄に伸びていた俺の右手は、自然と残火から離れていた。
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