PHASE-726【ちょっぴり嫉妬の伯爵】

「いいから名乗れ!」

 裏返る声の兵士からの再びの誰何。

 それに続くように兵士たちが槍を構える。

 なんか初めて訪問したドヌクトスでもこんな感じだったな。

 

 構わないと、無理矢理に馬車を前へと進ませる伯爵。

 なので俺たち騎乗組もそれに続く。

 兵士たちが強張りながらしっかりと馬車に穂先を向けるが、助手席のゲッコーさんと馭者のミュラーさんの眼光が鋭いというのが背中越しでも分かった。

 兵士たちはゲッコーさん達に視線を合わせた途端に動きが固まったからな。


「まどろっこしい連中よ。貴様達では話にならん。馬――嫡子であるカリオネル殿との会談のために参上した。ここを通してもらおう。我はアンダリア領主、バリタン・ラブロス・デルソン。王の名代である」

 瘴気を出たところでガスマスクを取って名乗れば、相対する方からはざわめきが生じる。

 顔を知らなくても流石に名前は知っているだろうからな。

 向けられた穂先が天を向くのはいいことだ。


「ほら貴様も何か言え!」

 使者も窓から頭を出す。

 ガスマスクから解放されて新鮮な空気を吸っているが苦しそうな表情。

 中では伯爵に首根っこを掴まれているんだろうね。

 使者の姿が苦悶の表情だからか、隊列を組んでる者達は気圧されていた。

 この程度で気圧されるなよ。と、心中で突っ込んでいれば、


「惰弱なようです」

 俺の心を代弁するのは、俺の斜め後ろにるランシェル。


「正規兵じゃなくて、平時は農耕をしているのかも」

 職業軍人みたいな調練に従事するのではなく、戦いになると装備を与えられて、最低限の調練だけを行う農民って感じかな。

 手にする槍の持ち方もしっかりしてないからな。

 天に向いている穂先はずっと安定せずに震えている。

 石突きがちゃんと活躍できていない。


「伯爵殿。これでは相手が怯えるだけです」


「確かに。ここの者達は小心者が多いようですな。エンドリュー候」


「エンドリュー候!?」

 侯爵の名前を耳にしたケトルハットの一人が素っ頓狂な声をあげれば、驚きが伝播したのか、ざわつきとなって余計に動揺しはじめる。

 糧秣廠の櫓にいる弓兵たちは番えていた姿勢から隣通しで顔を見合って驚いていた。


「ぬぅ」

 自分の時とはリアクションの大きさが違うことに、バリタン伯爵はなんともおもしろくないといった表情。

 いい歳したおっさんが拗ねても可愛くないですよ。

 狂乱の双鉄鞭という二つ名も、極東の辺境候の前では霞んでしまうようだな。

 

「お待ちしておりました。侯爵様。伯爵様」

 眼前の兵士たちと違って糧秣廠より余裕を持って出て来る人物。

 赤いマントが靡いた偉丈夫だ。

 白銀のフルプレートは、王都のナブル将軍の鎧を連想させるけど、こっちのは派手すぎて目立つ。

 フルプレートの胸部には金色で双頭の鳥のようなデザインが描かれている。

 その人物が本来は案内人として使者からの連絡を待っていたそうだけど、まさか瘴気の方から来るとは夢にも思っていなかったと述べて、迎える準備が出来ていなかった事と、兵士たちの無礼な対応を謝罪してくる。


「双頭のグリフォンか」

 と、侯爵。

 どうやらデザインは鳥ではなくグリフォンだったようだ。

 伯爵が継いで誰何。


「ミランドと申します」

 恭しく挨拶をする姿は品があり、所作と装備からして階級の高い人物のようだ。


「双頭のグリフォン――征北騎士団の者だね」


「はい。征東騎士団の総指揮である侯爵様にお目にかかれるのを心待ちにしておりました」

 侯爵に応えるミランドは、征北騎士団において団長補佐を務める一人だという。

 公爵サイドの軍部においては、幹部の末席あたりにいる人物と考えていいだろう。

 伯爵は、我々が来たのだから団長が案内役を務めるべきだろうと悪態をつく。

 侯爵だけに心待ちなんて言うもんだから更に拗ねている。

 苦笑いで返すミランドに、馬鹿息子ことカリオネルの所在を聞けば、ブルホーン山の要塞にて兵糧輸送の指揮を行っているとのことだった。


「侵攻指揮の間違いだろう」

 流石にこれはミランドに聞こえない程度の小声で述べる伯爵。

 側に居る俺たちにしか聞こえない音量で助かった。


「王都よりの移動でお疲れでしょう。この拠点にて体を休めてください。翌日、要塞まで案内いたします」


「ありがとうございます」

 伯爵よりも俺が先に礼を述べた。

 伯爵のことだから、招き入れて内側で命でも奪うつもりか? なんて凄みそうだからな。

 俺が先に発した事で、伯爵は腕を組んで馬車のソファにドカリと座り直す。

 その衝撃で馬車がぐらりと揺れ、車輪からは軋む音。

 揺れる馬車から圧を感じたのか、ミランドの体がビクリと震える。

 この程度で震えるとは、征北騎士団団長補佐の肝は小さいとみえる。

 そんなミランドの言葉に甘えて、皆して糧秣廠にお邪魔することにする。

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