PHASE-445【そもそも色事が好きなようだ】

 ――――そう、純粋な表情だったのだが……。


『うふふふ――――』

 む?


『お戯れを――――』

 むむむ?

 おいなんだ。この扉向こうから聞こえてくる、キャッキャウフフな華やかな声は。

 俺の耳朶に届いているということは、無論、扉前で待機するイリーにも聞こえているわけだ。

 イリーの表情が敬慕のものから、一気に強張ったもに変化。

 ぶっすぅぅぅぅぅぅぅぅとなっているイリーが、俺たちを迎えいれるように、扉前から体をどかし、手を扉へと向ける。

 早いところ入室してくれと暗に伝えているようだ。


「失礼します」

 イリーの表情で、室内がどういう状況なのかは理解できた。

 彼女を横目に、扉をノックして入室。

 広間へと足を踏み入れ、数歩先の隣のドアまで移動。

 

 閉じられたドア向こうからは、キャッキャウフフな声が、通路で聞いた時より大きなものとなって耳に入ってくる。

 入り口、広間から続くドア。

 二重の扉だというのに、よく通路にまで聞こえてきたもんだ。

 どれだけ中では、楽しい思いをしているのだろうか。

 ここでもノック。

 ――……ノックをしたけど返事はなかった。黄色い声しか聞こえてこないから、許可をもらうことなく入る。


 ――…………Nuts!


「勇者、入りました」

 ドスの利いた声で入室を告げる俺。


「おお、貴男が勇者殿ですか」

 流石に体を乗っ取られていただけあって、これが初対面って事になるんだな。

 こっちは知っているから変な気分。まあそれ以上に不愉快な気分だけど。

 美人からなるメイドさん達に手厚く看護されちゃって。

 周囲で警戒している女性騎士団の皆さんも呆れている。

 そりゃ、騎士団長のイリーもご立腹になるわけだ。

 口に運んでもらっている果物は葡萄かな?

 こっちが迎撃している最中に、こういう楽しい状況になっていたんだね。

 さっきまでは意識がなかったという話だったけども、目覚めた途端にハーレムを満喫ですかい?

 なんともいいご身分ですな!


「なんともいいご身分ですな!」

 思っていた事が、口からも零れてしまった。

 でもいいよね。相手が侯爵であろうとも、こんな素敵なハーレムは許されないよ。


「こっちは今しがた、敵の脅威を排除してきましたよ」

 まあ、俺がしたわけじゃないけど。


「イリーから聞いております。いや~お見事でした」

 だと思うなら、ベッドから起きて、居住まい正してから一礼でもせんかい。

 体が弱っているから無理だなんて言わせねえよ。

 現状のほくほくの表情を目にしたら、めっちゃ元気だってしか思えないからな。


「このままの姿勢でよろしいでしょうか?」


「いや駄目ですね」


「え!?」

 なに俺の即答に驚いているんですかね? せめて上半身を起こしなさいよ。

 起きられるように、うちの帝国軍中佐に気合いを入れてもらいますか?

 ベルを見てみなさいよ。切れ長の目が不愉快なものになっているぞ。

 柳眉も若干だが上がっている。

 まったく大貴族の辺境候様よ。美人に囲まれてヘラヘラしているような性格だから、ヴァンパイアなんかに体を乗っ取られるんだよ。


「さっさと体を起こしてはいかがか?」

 案の定、ベルがきつくて冷ややかな声になる。

 ベルの脅威を知っているメイドさん達は、声を聞いた途端に、即座に寝室の壁際に移動。

 急に周囲から美人がいなくなって、名残惜しそうにメイドさん達に手を伸ばす大貴族様が、俺たちの目の前にいる。

 やはりというべきか、普通に上半身を起こせるじゃないか。

 手を伸ばす拍子に、しっかりと起き上がった。

 血色も良いし、上半身どころか、両足で普通に立てるだろ?


「いや、不甲斐ない。本当に不甲斐ない。皆様にご迷惑をおかけしました」


「本気でそう思ってます?」


「思っておりますとも」

 疑わしいが、侯爵が健在なのは良いことだ。

 姫様がヴァンピレス化の呪いを受けているのは最悪だが、現状は危機も去ったし、侯爵と話が進展させられる。


「体を奪われていた分。これからは懸命になって協力しますよ。勇者殿」

 その発言は、助力を得られたという言質でいいのだろうか。


「王都――、王に協力をお願いします」


「無論です。瘴気さえ晴れれば、直ぐさま軍を動かしましょう」

 まあ、その瘴気による障害が問題なのだが。今は侯爵が王に忠誠を誓ってくれる事を大陸に轟かせることが大事だからな。


「しかし、サキュバス達は無理矢理に従わされていたとか。魔王軍の者であるといっても不憫ですな。民の避難にも協力してくれたとの事ですし、これからもここで働いてもらおうと私は思っております」


「こちらに協力してくれるなら、侯爵のお考えでいいと思いますよ」


「お優しい。流石は勇者殿」

 流石は勇者殿――――じゃねえよ。

 メイドさん達が無害ならこの都市に置いてもいいだろうけど、あんたの側に侍らせるような事はするなよ。

 仮にも侯爵なんだからな。サキュバスさん達は一応は魔王軍だ。いつ喉元に刃を突き付けられるか、わかったもんじゃないぞ。

 

 現状ではその心配は無いだろうが、完全に信頼を置くのは時期尚早。

 それに、人間と魔族の価値観は違うだろうからな。ちょっとしたことで刃傷沙汰になったら、それは貴男の責任ですからね。

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