PHASE-1543【間違いなく制圧】

「グラスパールがたった一撃の蹴りで倒れるなどと……」

 意気消沈の中、なんとか絞り出すようにポツリと漏らすのは同種族であるアル氏。

 話しを聞いても納得は出来ていないようだ。

 クロウス氏は事実として受け入れているのか、ベルを一瞥してゆっくりと頷いていた。

 肌で感じるベルの強者としての器。

 だからこそ執事である事を忘れたかのように、執事然たる一礼ではなく、深々とした会釈になってしまったんだろうからね。

 

 クロウス氏は受け入れたようだけど、アル氏は同種であるグラスパール氏が容易く倒された事が受け入れがたいようで、


「確認を!」

 足早にグラスパール氏が待機していた部屋へと駆け出す。

 せっかくなので俺達もついていけば、先に到着していたアル氏が出入り口で突っ立っていた。

 で、俺達が到着したタイミングに合わせるかのように、


「まさか、そんな……」

 在り来たりな台詞と共に俺達へと目を向ける。

 正確に言うとベル。

 突っ立っているアル氏をそのままにして室内に目を向ければ、うつ伏せで倒れているのはアル氏と同じ姿のガーゴイル。

 違いはヘアスタイルと、三つ揃えの色が真紅ではなく緑色だということ。

 嘴からはだらりと舌が出ていて、完全に意識が飛んでいた。


「……本当に手加減したのか?」


「ああ。相手から殺気を感じなかったからな。こちらの命を奪う気が無いなら、こちらもそれ相応で当たる」

 なるほど。

 あれかな? ベルが女性だったから手心を加えようとしたら、加えるどころか蹴撃一閃にてダウンっていう、ちょっと恰好の悪いやられ方になったのかな?


「グラスパール!」

 倒れた同胞の元へと駆け寄り呼びかけるも――反応はない。

 嘴部分に手を当て、


「ちゃんと息はあるな」

 生きていることを自ら確認する事で安堵しているといったところ。


「綺麗に決められて気を失っているのでしょう。しばらくすれば目を覚ます程度のダメージに抑えてもらったようで」


「先にも言いましたが、グラスパール殿からは殺気を感じられませんでした。まるでこちらの力量を試そうとしていたようで」


「結果、力量を見誤ってしまったと言うことですね」


「そう思っていただければ」


「噂に違わぬ強さを持つ美姫殿」

 言う声には恐れ。

 強者の中の強者であっても、それを遙かに凌駕する存在となれば恐れもするよな。

 俺には見せる事の無かったクロウス氏の態度。

 ベルとの差がまったくもって縮まらない……。

 

 ――道すがら、訪れることのなかった部屋も見て回れば――、


「やるもやったり……」

 床に転がる幹部の皆様を目にしたコクリコは脱力気味。

 俺と同じで、ベルとの縮まらない実力差を痛感しているといったところ。

 

 俺たち以上にベルに畏怖しているのは当然ながら相手側。

 目を覚ましてもらったグラスパール氏は、蹴撃からの記憶が完全に飛んでいたようで、負けたことすら理解できていなかったが、本能からなのだろう、ベルの姿を見た途端、目覚めたと同時に逃げだそうとした。

 そのような姿を今まで目にしたことがなかったのか、付き合いが長いであろうスーツ組は驚きを隠せないでいた。

 及び腰、逃げ腰――ではなく即とんずらしようとしたからな。

 負けた記憶はなくても、精神部分にはきっちりとベルの強さが刻まれたようだ。

 

 ――。


「ご同輩も手痛くやられているぞ」


「……ああ、そうだな……」

 珍しく悪態もつかずに俺へと返してくれるラズヴァート。

 別の部屋ではストームトルーパーの面々。

 幹部とは違って複数人で待機していたようだけども、これまた為す術もなく転がっている。


「美姫殿」


「そのように呼ばれるのは好きではありません」


「失礼、ベル殿。本当にお一人で?」


「ええ」


「そ、そうですか……」

 クロウス氏、ベルと出会ってからというもの、声に余裕がなくなったな。


「クロウス殿」


「なんでしょうか?」


「我らが力をご理解したでしょう。これ以上の戦いは無意味ですので、主のもとへと案内していただきたいのですが」


「先ほども勇者殿に言いました。ご自身の実力でお探しください」


「――ほう」

 ピシリという音が大気に走った――ように感じたのは俺だけではなかった。

 ゲッコーさんを除いたこの場にいる皆さん、そろってベルを中心として下がる。

 ゲッコーさんが下がることがないのは分かっていたけど、同等の実力を有したユーリさんが下がった事は以外だった。


「こ、こわいよ……」

 と、クリクリお目々から今にも涙が出てきそうなのはポームス。

 連動するようにちびっ子ワイバーンも泣きそうになっていた。


「ち、違うぞ! 私は怖くないからな!」

 クールビューティーから一転してポンコツな姿へと早変わり……。

 これには皆さん揃って苦笑いですよ……。


 敵であるも愛らしいポームスをあやしつつ、


「可能ならばお願いしたかっただけだ。決して力に打って出ようとはしない」

 とのこと……。

 如何にベルが圧をかけようとも、それ以上の忠誠心で絶対に口は割らないのがクロウス氏という存在。

 ここの面子はそういった気骨ある方々ばかりで好感が持てる。

 やはり敵対するより親交を深めたいね。


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