PHASE-912【泰然自若】

「こう考えろ。トールは戦勝、敗戦どちら側にも立つ事が出来て、両側の思いを持って両側を繋げることが出来る立場であると」


「あら格好いい立場ですね」

 ゲッコーさんのフォローで、小者である俺の心の疑問符があっという間に払拭された。

 双方を理解できるからこそ俺がそのパイプ役となって、お互いの繋がりを良いものとすれば講和の進捗も早くなるというもの。


「世直しも大事だけどな」


「ですよね」

 一つとなってスムーズに行動するためにも、この地での世直しも徹底していかないといけないな。

 世直しと講和をしつつも、出来る事なら王サイドに強い権限を持たせたいよね。

 魔王軍と当たるためにも、一枚岩になるためにはリーダーは一人に絞らなければならないからな。

 二人のリーダーの存在は組織の瓦解に繋がる。

 俺はこれ以上は上に行くべきじゃないし、行きたくない――。

 


 ヨハンの誘導で俺達は広間に通される。

 流石は有事のために建築された構造。この屋敷で最も広いとされる広間だけども、広さは二十畳程度と屋敷の規模からしたら狭い。

 

 長机が一つ中央に置かれているだけの簡素な内装。軍議をする為だけに存在する部屋だというのが分かる。

 無駄を省いてその分、兵の休息や治療を行うための部屋を多く作っているというのがこの建築の根幹にあるそうだ。

 ヨハンの説明を受けて、まだ見ぬ子爵殿はやはり有能だというのが分かる。


「ではこの地の政務を円滑にするためにも――主、お願いいたします」


「では呼ばせていただきます」


「邪魔ならどかせますが」 

 ヨハンが長机をどかそうかと言ってくる。


「いやいいよ。この人数なら」

 現状では俺の力を多くの人に見せるのは良くない。ましてやここは公都。王都とは違い、二心を抱いている者たちもいると想定し、広間への入室はいつものメンバーに、ヨハンとマンザートだけに限らせてもらっている。

 そんな中でポーチからプレイギアを取り出す。

 ヨハンが俺の動作を目にすれば、些か体が硬直したのが分かった。

 大丈夫だよ。流石にミズーリをこんな場所に出すわけないじゃない。

 

 両手でしっかりと持って、前面に突き出してプレイギアを構え――、


「では、お願いします――――荀攸さん」


「素晴らしき人選です」

 背後に立つ先生は大変に満足した声。これは楽になるなと、ゲッコーさんも先生に続く。

 俺の前方で強い光が顕現。

 流石に俺達は慣れているけども、ヨハンやマンザートは顔を覆いながら光を見続ける。

 光の中央に黒点が生まれる。しゃがんでいるようで、影が立ち上がれば黒点がしっかりと人の形になる。

 

 光が収まると――、


「何が起こったのかな?」

 というのが開口一番。

 疑問符を浮かべるのは召喚された方々、共通のリアクションだな。

 そんでもって召喚された状況下に驚かず、落ち着き払っているのも共通のリアクション。


「公達」


「と、その声は叔父上ですね」


「そうです公達。貴男の力が必要な状況ですよ」


「なるほど、何が起こったのかは分かりませぬが、ここは明らかに私達の知る世界ではないようですね」

 部屋の様式に、俺達に目を向け、バラバラの服装に異国勢の顔立ちから即別世界と理解し、それに対して驚くこともなく状況を冷静に受け入れるところは、流石は先生の親戚だな。


 血縁関係ではあるけど、光から出てきた人物の風貌は先生と比べればお世辞にもイケメンとは言えない。


 髪型は先生のようなウルフヘアや蓬髪と呼ばれるようなものとは違い、荀攸さんは髪を頭頂部やや後方でしっかり纏めているスタイル。

 なので広い額が目立つ。

 ――頭髪が薄いとかではなく、ただデコが広いだけ。頭突きとかしたら強そうなイメージのデコ。

 のっぺりとした――よく言えば穏和や温厚といった言葉が似合う風貌だ。

 だからなのかな。眠そうな表情に見えてしまう。

 

 眠そうな表情の人物ではあるけど、眼力はしっかりとしている。

 揺らぐことのない強い信念を宿した目というのが分かる。


 逸話通り、何事にも屈しない気骨さが伝わってくる。

 暴虐の限りを尽くした魔王の如き存在である董卓を暗殺しようとして失敗。

 残虐を具現化させたような存在である董卓に投獄されれば、待っているのは惨たらしい死。

 迫る死に対しても恐れを抱くことなく毅然とした態度だったという逸話が残っているからな。

 董卓が死んだことでその死は免れたけどね。

 

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