PHASE-918【最強になって欲しいという思いを込めて】

「それと申し上げにくいのですが」


「いいよ。なんでも言ってよ。胸襟開いてくれ」


「自分は名前がありません。生意気なのは重々承知していますが、名を是非トール様に与えていただきたいのです」

 ほほう。これはこれは、中々に難しい注文をしてきたね。

 ラルゴもそんなことを言ってたな。年齢に驚いて忘れてたよ。

 しかし、俺が名付けるのか……。

 ペットじゃないんだからな。手軽に名前なんて考えられないぞ。

 まだ結婚もしてないどころか、恋人すらいない童貞の俺が人に名前なんかをつけてもいいいのだろうか。

 まだ見ぬ我が子よりも先につけてもいいのだろうか。何よりも変な名前とかつけられないからな。

 プレッシャーを感じるね。


「本当に俺でいいの? もっと相応しい人達がいるよ」

 ゲッコーさんやベルのような真の強者に名付けてもらった方が御利益ありそうなんだけどな。


「勇者様であるトール様以外に考えられません」

 おう……。熱い思いが十分に伝わってくるよ。


「大将、俺からも頼む。つけてやってくれ。名があるってのは、それだけで人間としての尊厳を得られる事なんだ」

 ラルゴよ。尊厳とか重々しい言葉を使わないで……。余計にプレッシャーを感じるから。

 俺、勇者だけどギヤマンハートだからね。

 どうするよ。見た目か。褐色で長身痩躯の金髪ツンツンヘアー。

 ルックスは悔しいけどイケメンに分類されるね。俺と違って。

 見た目からどういった名前にするかなんて、悲しすぎるほど思い浮かべることが出来ない俺……。

 難しいよ。

 重圧がのしかかってくるよ。なんでこんな所でお願いするの。もっと人のいないところでよかったじゃないか。

 勇者であり新たなる公爵となった人物がどういった名をつけるのかと、期待感に満ちた目が俺に向けられる。


 爺様だけでなく公爵家の方々も見てくる。

 どうするよ……。しっかりとした名前と、その由来を言わないと納得してくれないんじゃないだろうか。

 横文字の名前。俺が強いと思う人物。

 ――……へっ……、漫画やアニメ、ゲームからしか名前が浮かんでこない……。


「ちゃっちゃと決めればいいでしょうに」

 もしゃもしゃと肉を盛大に口に運びながら言うなよコクリコ。

 なんでお前だけ食ってんだよ。俺だって食いたいぞ。


「勇者様がつけてくれる名なら、俺はなんでもいいです」

 なんでもいいが一番のプレッシャーなんだよ。


 ――……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁ!


 ――……ああぁぁあぁぁぁ……。

 ここで俺の心の中でカチリと何かのスイッチが入る音がした。

 その音ってのは――、どうにでもなれという短絡的な思考回路のスイッチ。


「よし! お前は今日からリーバイと名乗るといい」


「リーバイですか」


「そうだ。リーバイだ」


「名の由来などはあるのかな? トール」

 爺様。そこは命名決定でよかったんだよ。詳しく知りたいという流れはいらないんですよ。


「私もどうして彼にリーバイと名付けたのか気になる」

 ここでベルもかよ……。

 仕方ねえな……。


「分かった。この名は俺の知る伝記に登場する、人類最強の男の名前だ」


「ほう」

 人類最強という言葉にベルがエメラルドグリーンの瞳を煌めかせる。

 強者や英雄に敬意を払うからな。英雄譚とかも好きなんだろう。


 その実、伝記ではなく漫画だけどな。

 元ネタの人物名を少し変更してるだけ。

 漫画のキャラと知られれば怒られそうだな。

 この面々からもだけど、ファンからも……。

 咄嗟に出たのがこの人物だから仕方ない。


「伝記に記されるほど偉大な活躍をされた英雄なんですね……。俺なんかがそんな人物の名をもらってもいいのでしょうか?」


「いいんじゃないかな」

 この世界で兵士長の事を知る者はいないからね。

 とりあえず漫画の内容を伝えて上げれば、目を輝かせる面々。

 思いの外ベルの食いつきがよかったので、ベルに楽しんでもらおうと俺も調子に乗ってしまった――――。


「最強格の巨人をたった一人で倒すとはな。トールの世界もこの世界のように人ならざる者達との戦いがあったのだな」

 うん、ベル。そんなことはなかったよ。漫画だけの世界さ。

 見てよゲッコーさんを。

 この作品のことは知らないみたいだけど、あり得ない内容に苦笑いだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る