異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

PHASE-61【投、斬】

「んぬぅぅぅぅぅぅぅぅう！」

　来た！

　やけになった隙のある大振り。

　一狩行くゲームでも、渾身の力業を放ってくる大型モンスターは、その後に隙が生じるんだよな。

　あえて前進。横に避けるよりも、深く相手の懐に入りやすい。

　斧の部分に当たるよりも柄の方がましと、自分の頭にすり込ませながら、避けるように斜に前進。

　――――ダメージを受けることなく俺の間合い入ることが出来たのは重畳、上々。

　そこから、振り下ろして伸びきった肘窩部分に刀を入れる。

「ぐぅ……」

　ここでようやくホブゴブリンの顔が苦痛に歪む。

　荒々しい牙が歯茎まで見えるくらいに苦しんでいる。

　手甲より上を狙うことが出来た。それだけコイツの動きが鈍くなっている。

　――――が、

「浅いか」

　筋肉が邪魔をした。さすがに重量のある装備をしているだけあって、筋肉もすごかった。

「おのれ！」

「!?」

　おっと、危ない。

　ハルバートから手を放して殴りかかってきた。

　正直こいつの場合、得物を持っているより、無手の方がやっかいかもしれない。

　長物に頼ってる時は隙が大きかったけど、無手だと間合いが俺と近いものになるから、正面からの力勝負になるとこっちが分が悪い。

　わざと距離をとり、ハルバートを取らせるように画策する。

『考えてるじゃないか』

　俺の考えが分かっているようで、お褒めの言葉をゲッコーさんからもらう。

　見てくれてるだけでもありがたい。

　ゲッコーさんの事だ。俺に危機がせまったら、確実に眉間を狙い撃ってくれるだろう。

　そう思えるから恐怖にも立ち向かっていける。一騎討ちとはいえ、保険は必要だ。

　――思惑どおりにハルバートに手にした。

「これでどうか！」

　横薙ぎ。それも予想していた。

　でかい図体が馬鹿丁寧に横一文字。

　身長差を考えろと言いたい。

　お前の図体で横薙ぎだと、俺は軽くしゃがむだけで躱せる。

　薙ぎる速度も、重力を活用した振り下ろしに比べれば遅いし、加えて腕に怪我を負っているから、速度はさらに落ちている。

　横凪は腰を捻る動作だ。なので、自然と膝裏も俺の方向に向いてくるってね。

「胴！」

　胴じゃないが。そんな気概で膝裏の鎧の隙間に斬り込む。

「がぁ！」

　よし！　さっきより深く入った。

　その証拠に、バロルドは膝を付く。

「がらんどう！」

　膝を付けば、俺でも十分に相手の首を狙える位置。兜と鎧の隙間を見極めて振り下ろす。

　――って行動をとりたかったが、それが出来ない。

　動こうとしたのに足を掴まれる感覚があり、動きを封じられた。

　足元をみれば、俺の足を掴んでいるゴブリン。

　腹部から出血しているゴブリン。つまりは俺が刺したゴブリンだ。

　仕留めそこなっていた。

　どうだとばかりに足を掴むゴブリンが、俺に向けて口角を上げている。

「よくやったぞ。こちらは一騎討ちを挑んでやるとは、一言も発していないからな」

「なんだって！　ずるいぞ！」

「戦場で何を言う！　貴様は仇である存在。どんなことをしてでも、我が手で命を奪えればそれでよい」

　くそ！　手にするハルバート。

　構える姿勢からして、振るではなく刺突。

　槍部分で俺を仕留めるようだ。

『ならこっちもだ』

　頼りになる渋い声が、耳に付けたイヤホンから届く。

　遅れて渇いた音が二発。

「な!?」

　驚くバロニア。

　狙っていた軌道から外れたからだ。

　理由は簡単。ゲッコーさんが使用する、ツァスタバ M91からの7.62ミリが、ハルバートの斧部分に二発、見事に命中したからだ。

　膝を付いて腰の入ってない刺突では、二発の銃弾の衝撃には勝てなかったようだ。

　俺へと届くことなくハルバートは明後日の方向。

　同時に俺も動く。

　躊躇を振り切って、掴むゴブリンに向けて切っ先を突き立てる。

「ギャ！」

　って、断末魔を背中で聞きつつ、一足で移動。

「おのれ！」

　ハルバートを投げ捨てて、俺に飛びかかるように殴りかかってくる。

　足にダメージがあるから、力は入ってないけども、重量差はある。

　だがここで俺は、ベルが以前、カイルを投げた事を思い出し、横に避けつつ、迫る手首を掴んで捻ってみれば、全く力を入れなくても、面白いように巨体が一回転。

「何が起こった!?」

　背中から叩き付けられつつも起き上がろうとするが、俺は諸手で柄を握り、刀を振り上げ――、

「よせ！」

　動作を目にした魔王軍指揮官であるホブゴブリン、バロニアの最後に発した台詞はそれだった。

「ふぅぅぅぅ――――」

　残心を忘れずに息吹を行う。

　流石に今の俺では首を落とすまでは出来なかったが、深く斬り込んだ一太刀で、バロニアは絶命。

　大きな体が力なく地面に倒れ込む。

　ドサリって音が、重量のある鎧を纏っている割に小さいと思えたのは、俺の意識が次へと移行し、周囲に集中し始めているからなのか。

　見計らったかのように、ベルの炎の壁が消滅する。

　消滅に何事か!?　と、魔王軍の動きが止まり、炎の壁の中心に立つ俺に視線が集中する。

　――――しじまの訪れ。

　なんともゆったりとした時間だ。

　戦いなんて行われていなかったかのような静けさだ。