PHASE-696【ファンタジーは化学より魔法】

 アンデッドの有用性は実に素晴らしいが――、


「だが、王都で同様の任を与える事があった場合は工夫しないとな」


「ありがと」

 俺の考えを代弁してくれるベルから紅茶の入ったティーカップを貰う。

 フルーティーな香りは鼻孔を通過するだけでリラックスさせてくれる素敵な香り。


「いい茶葉のようね」


「侯爵から頂いた」

 言ってリンにも渡せば俺同様に香りから楽しんで、一口含むと表情がほころんでいる。

 クールビューティー系の二人に挟まれている俺は、いま幸せな時を過ごしている。

 ま、ここでだらけると注意を受けるので、ベルの心配事に案を出す。


「王都で護衛に当たる時は、グレートヘルムやバシネットタイプのやつを装着とか出来る?」


「問題ないわよ」


「ならそれで頼む」

 ついでに腕部や臑部分も隠してもらえるように、ガントレットやレッグアーマーの装備――フルプレートでお願いすればこれまた問題ないと返ってきた。


「表情を隠せば住民の恐怖も軽減されるな」

 ベルは俺の案に満足そうに頷いてくれた。

 一口飲んで、ほぅっと息を吐いて空を見上げる。

 砂金を漆黒の幕にまいたような、星々が闇夜を彩る世界。

 これほどまでに星がしっかりと平地でも見られるようになったのは、それだけ浄化が進んでいる証拠。

 地味だということを気にしている地龍だけども、その地龍が現在、火龍と共に頑張ってくれているから、こんなにも綺麗な空を見る事が出来るわけだ。


 砂金をまいたみたいなって例えは以前もした記憶がある。

 王族の湯治場であるクレトス村の温泉に入っていた時だったかな?

 高地から見る夜空の風景と、平地で見る夜空の風景が似てきているのは、この大陸にとっては素晴らしい進歩だ。


「冷えるな」


「そうか?」


「そうかしら?」

 俺は冷気耐性のある火龍装備だから分からない。

 リンはアンデッドだから寒さを感じないんだろうが、ベルは平地でも寒さが強くなってきたと感じている。

 本格的な冬の到来が平地にも訪れてきているのだろう。


「王都では、救荒作物である稗や粟がすでに収穫されている頃だろう。無事だった麦畑も収穫を終えているだろうな」

 いま口を開いたベルから出た白息を目にして、冬が到来しているとしっかりと理解した。

 収穫か。王都とその周辺の皆さんの胃袋を満足させるくらいに収穫できていればいいけど。

 確か麦は米と違って収穫が反対なんだよな。

 米は夏に田植えをして秋に収穫。麦は秋に植えて夏だったな。

 魔王軍の侵攻で荒らされてはいるけど、無事だった麦畑があったなら、粟や稗よりも先に収穫もされているだろう。

 各地との繋がりも強固になってくれば、お互いが支え合って食糧難を凌ぎつつ、兵糧を蓄えて反攻のために備える。

 この辺は先生に丸投げで問題ないだろうけど。リオスの湿地を利用した大穀倉地帯も計画が実行されているだろうし。

 それでも、


「もっと生産性が上がればいいのにな~」


「ハーバー・ボッシュ法というのがあってだな?」


「ゲッコーさん。俺にそんな知識学が分かるわけないじゃないですか」

 突如背後に現れた相手に冷静に返せば、堂々と言い切るなよと、呆れられる。


「知らないのか? フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュ」


「前者は何となく知ってます。後者は知りません」


「まあ前者は歴史的にも有名だからな」

 ユダヤ系ドイツ人で、化学兵器の父と呼ばれる人だよな。それくらいしか知らない人物だけど。

 

 ――――作物には窒素分を含んだ肥料が必要。

 水素と窒素を反応させ、アンモニアを作る化学的技法がハーバー・ボッシュ法なる俺にとって未知の領域の技法。

 この技法を使用する事で、窒素肥料を作ることが出来るそうだ。

 百年以上経った現在でも使用されている技法って事だけども、分からないものは分からない。

 N2だ3H2だ2NH3だの化学反応式を言われたところで分かるわけがない。余計に頭が混乱するだけだ。

 俺が知りたいのは化学反応式とかではなく、


「で、その窒素肥料は大量に作れるんですか?」


「化学に特化した面子なら可能だろう」

 ゲッコーさんのS級さんの中には医療や化学に秀でてS級になってる面々も居るからな。

 オジマさんが技術者としてS級になっているのと同じだ。


「大量の触媒と、大規模な高圧高温設備を必要とするから、まず素材を集めないとどうにもならんがな」

 どうにもならんものを嬉々として言われても――――ね。

 これだから俺より病んでる中二病は……。すぐ知識をひけらかしたくなるんだから。

 こういう時は伝説の兵士ではなく、残念なおっさんになってしまうんだよな……。

 技術を知っていても一から製造するとなると、もの凄く時間がかかるんだろうな。


「いっそ魔法でちゃっちゃと出来るのが最高でしょうね」


「それが出来たら化学が泣いてしまうな」


「出来るわよ」


「「出来るのか……」」

 サラッと答えるリンに、ゲッコーさんとシンクロで返す。

 でも冷静に考えると、自然系の魔法もあるしな。植物の成長速度を上げるのも不可能ではないのか。

 もちろん大規模となれば大魔法になるだろうから、使用者が限られるのが欠点。


「王都の田園くらいなら私がなんとかして上げるわよ」


「すげぇ」

 スケルトンによる警備に、豊饒までこなしてしまうアルトラリッチ。

 本当にリン様々だ。

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