PHASE-643【地下一階に踏み入る】
数体のスケルトンは装備からしてグレータークラスだろうが、手に持つのは利器ではなくモップ。
更にグレーターとは別に――、
「これはリン様」
「元気でやってる」
「はい。アンデッドですので、病は縁遠いですからね」
返してくるのは紫色のローブに身を包んだ、皮だけが骨格に張り付いているような存在。
以前、リンと力の間で衝突した時に、様々な職種のスケルトンを指揮していたリッチの同種だ。
声は柔らかなもので、以前の戦闘時に対峙した連中のような荒々しさはない。
「お客を連れてこられるとは」
「これからダンジョンに潜るから」
「ほう……。エリクシールの素材を求めますか」
虹彩の無い赤い目がじっと俺を見て問うてくる。
柔らかさが消えた声は、アンデッド特有のものなのか。それとも欲に駆られた存在に見えたのか。冷ややかなものだった。
中々に迫力のあるリッチだ。
力の間で戦ったリッチよりも強いってのは分かる。
「まあ、そのつもりですよ。爪をちょっと分けてもらうだけです」
「命を奪うという発言はないのは評価できますな。それに――オリハルコンによる装備。かなりの御仁のようですな」
「私を仲間にしたくらいだからね」
「ん!? 今なんと!?」
リッチの驚きが伝播したかのように、床を掃除しているというシュールな光景を見せてくれるグレータースケルトン達も一斉に俺の方を向く。
眼窩に灯る緑光からの凝視。
慣れたとはいえ、流石にアンデッドにじっと見られるのは良い気分じゃない。
――――訳をリンが伝えている。
訳を説明する中で、この世界に大転換をもたらす存在かもと言ってくれるあたり、リンは俺の事をかなり評価してくれているようだ。
説明を終えると、ミイラのようなリッチの表情が柔和になれば、それを俺へと向けてくる。
アンデッドの柔和な笑みはホラーだけどね。
さっきの冷ややかな物言いとは違い、表情同様に語りかけてくる時の声も和らいだものに変わった。というか、最初の声音に戻ったというべきか。
――――リッチのコリンズ氏としばらく皆で談笑。
話してみれば気さくな人物だったのには驚き。生者に対する憎しみってのを抱いていないアンデッドってだけで話しやすかった。
「――――じゃあ、ぼちぼち行ってみるか」
会話を楽しんだ後、ダンジョンの入り口に案内してほしいとリンに願い出る。
広間から続く奥のドアをグレータースケルトンの一体が開けてくれる。
ドアの先には地下へと続く階段。
「ここからが本番だから」
談笑の時と違って、リンの声音はこちらの気持ちを引き締めるものだ。
「分かった」
力強く首肯で返す。
――階段を下り現れる鉄扉にも、ログハウスのドアの時と同様の事をリンが行えば、魔法陣が顕現し、今度は自動的に扉が開く。
「ご武運を」
重々しい扉の開く音を正面で受け止めつつ、背後ではリッチの声を受ける。
階段上で赤く輝く目を持つリッチがそう言ってくれば、この先、不運に見舞われてしまいそうな気がするぞ……。
応援はありがたいけども。
開ききった鉄扉の先へと歩み出す。
眼前は一切の光が無い世界。
足音の反響からして、通路の幅は狭いようだ。
ビジョンを使用しつつ、マグライトよりもまずはランタン。
この世界にあるローテクに頼る。ライトよりも光源は弱いから遠くまでは見通せないが、デメリットばかりじゃない。
正の走光性があるような生物だって、ダンジョンにはいるかもしれない。
強い光にわざわざ寄せ付ける必要はないからな。
「コクリコ、羊皮紙」
「分かりました」
音が反響するのも考慮して、お互い小声でやりとり。
コクリコの雑嚢から取り出される羊皮紙の束。
マッピング用ということで、侯爵が専用の羊皮紙を準備してくれた。
碁盤目のようなマス目が描かれた、いわゆる方眼紙だ。
小学生の頃、図形や棒グラフを描く時に使用した記憶がある。
地図に道を描く要領は、マスゲームみたいに一マス一マスを埋めていきながらマッピングをしていくというもの。
俺なんかでは太刀打ち出来ない流麗な筆致であるコクリコに地図作成は任せる。
鉄扉を抜けたところから地図の上にコンパスを置いて、北を示す方角を地図に記入してもらう。
束なのは一枚目が地下一階。二枚目が地下二階といった感じで使用する。
羊皮紙十枚で一束。これを十束もらう。
侯爵曰く、世の中には地下百階を超える大迷宮も存在するとのことだ。
リンの話だと、この地下ダンジョンは十四階からなるものだそうだ。
マッピング用の羊皮紙は二束あれば十分だった。
残った八束は予備として、俺の背嚢に入れておく。
階層が十数階からなるダンジョンは、駆け出し冒険者には攻略不可能。
ベテランは油断怠りなく。強者にはよい歯ごたえというくらいのレベルらしい。
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