PHASE-642【湖畔のログハウス】

「なんて名前の湖なんだ?」

 澄んだ水面を陽射しが反射すれば、さながら巨大な宝石のようでもある。

 

「セイグライス湖。王都の北に位置する公爵領のニウラミエル湖と双璧をなす、大陸において人間が統治する領域で二大湖と称されている絶景の地よ」

 絶景と言われるだけあって見ていて飽きる事がない。

 老後はこの風景をロッキングチェアに座って眺めたいくらいだ。

 

 澄んだ水面に負けないくらいに清らかな空気だが、それが冷たい風となり肺に入ってくる。

 清らか空気はありがたいが、冷たい風は迷惑だな。

 深呼吸によるデトックスをしたいけど、体の中から冷やすのはよろしくない。

 火龍装備じゃないからか、今まで感じなかった寒さをしっかりと感じ取る事が出来た。

 ここでも装備が無い事による弊害が生まれてしまっている。


「それで、どこからダンジョンに進入するんです?」

 やる気満々のコクリコは琥珀の瞳を水面に負けないくらいに煌めかせている。


 この湖は、暑い季節には避暑地としても活用されているそうだが、現在バランド地方は瘴気の驚異はなくても、魔王軍の脅威がある事から避暑地としての機能は停止。

 湖畔には複数の建物。

 殆どが景観に合っているログハウスからなるものばかりだが、現在、俺たち以外に人はおらず静かなものだ。

 湖は自然の風景として最高の眺めなんだけども、点在する活気のないログハウスが原因となって、風景を寂しいものに変えてしまっている。

 

 宿泊目的の客がいる季節には賑わっていたんだろうが、魔王軍の脅威があるいまでは、手入れされずに成長した背の高い草木がログハウスを呑み込もうとしているほどだ。

 そんな中で気になる地点を俺は視界に捉える。


「どこから進入すれば良いのかしらね~」

 飄々とコクリコに返すリンに、返された方は口をへの字にする。


「分からないから聞いているのですよ!」

 への字を開いて怒気を飛ばす。


「ちょっとは考えなさいよ。ね~」

 って、俺に振ってくるので、


「ね~」

 と、返しておく。


「なんですかトールまでアンデッドと一緒になって」


「コクリコ。リンは仲間なんだからアンデッドって呼ばないように」


「傷つくわ~」


「ぬぅぅぅぅ」

 悔しそうにコクリコが唸る。


「で! 分かっていそうなトールに答えてもらいましょう」


「よかろう。答えはずばり――あのログハウスだ」

 ビシッと食指を向ければ、リンからは拍手が送られる。

 正解だったのでコクリコはおもしろくないといった感じだ。


「で! なんであの建物なんですか」


「で! が続きますな。見たまえワトスン君。周囲のログハウスと俺が指さすログハウスを」

 ワトスンとは誰の事ですか? と言いつつも、素直に見やる。

 琥珀の瞳を忙しく動かし、ログハウスを見比べていた。

 ――――些かのしじまが訪れ、その間、コクリコは何度か首を傾げる動作を加える。


「――――おお!」

 ようやく答えを導き出したようで、はたと手を打つと、


「トールが向けた建物は他と違い、建物周辺の草刈りが滞っていません」


「さよう。人の手が入らない状態になっている中で、あそこだけがちゃんと整えられている。そこに気づけたのはいいが、もっと早くに気づいて欲しかったね~」


「なんですか。自分が直ぐに分かったからって上からですね」

 常にマウントを取りたがるお前には言われたくないけどな。

 まあいいけども。


「つまりはリンの手の者がいるって事だな」


「ええ、監視役にね」

 ――ログハウスのドアまで接近。

 ドアノブに手をかけて引いてみるもびくともしない。

 押すのかと思えばこれまたびくともしない。

 まさかの引き戸? なわけがないか。


「鍵がかかっているようですね」

 すっと俺たちの前へと来れば、ホットパンツから伸びる白い足がドアに狙いを定める。

 コクリコの蹴りがマスターキーになるかと思ったけども、リンが横に立ち、すっと手を横に出して動きを制する。


「なんでも力業というのはどうかしらね。ウィザードなんでしょ」


「ロードウィザードです」


「だったらその名に恥じないような対応をしなさいよ」


「分かりました」

 足の代わりにワンドを掲げれば、貴石が力強い赤色に輝く。


「攻撃魔法じゃないわよ」


「ぬぅぅぅぅ」

 っと、再度の唸りによる返事。

 ワンドを振る動作を止めると同時に、リンが一歩前に出てから食指をドアへと沿わせれば、円形の白光魔法陣がドアに顕現。

 ダイヤルのようにカチカチと回転し、程なくして止まれば、魔法陣は霧散する。


「どうぞ」

 リンの誘導でドアノブに再び手を掛けて引けば、今度は造作もなく開く事が出来た。


「――ほほう」

 なるほどね。流石に驚かない。

 見慣れたからな。身構えることもしない。

 ドア向こうの広間には、スケルトンが数体いる。

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