PHASE-1141【見えないんだな】
「百を優に超えていますね……」
想像はしていたけども、想像通りに来られるのも困るってもんだ。
せめて最初の四十程度であれ!
背の高い木々によって空は隠され、月と星々の光すら目に入り辛いところではあるが、もしビジョンを使用していなかったとしても、ミストウルフの多さだけは理解できる。
別段、反射するような光なんて存在しないのに、下生えの木々の側には点々と青色に輝くものがある。
それはミストウルフたちの瞳。
地上に無数の星々が落ちてきたかのようにも思えるが、それらは徐々にこちらへと距離を詰めてくる。
リンファさんの魔法に弱々しい声を上げていたが、再びうなり声へと変わるのは数による有利性があると判断しているからかもしれない。
「周囲をしっかりと囲まれた状況ですね。加えて何頭かが霧状になっているようで」
「ミストウルフ特有の狩りのやり方です」
ルーシャンナルさんが言うには集団で狩りを行う狼たちは、獲物を取り囲んだ時、何頭かが霧状となって標的の視界を妨げる役割をはたし、残りが一斉に飛びかかって仕留めるという。
サルタナとハウルーシ君は包囲される寸前で俺たちに救われたからな。ミストウルフの完全包囲による攻撃――狩りのスタイルは初めて目にする事になる。
「数も多いから霧担当もかなりいるようで」
「ですが蹴散らすことは可能です」
リンファさんが再びストーンブラストを発動。
正面の霧に向かって散弾からなる飛礫が霧へと触れれば、通過することなくビシビシッと音が上がり、痛みからの鳴き声が数カ所から聞こえてくる。
「今です!」
リンファさんが一気に突破とばかりに駆ける。
即席パーティーでの戦法で対応する事を考慮しつつも、ここはこの包囲から抜け出すことが最優先だな。
リンファさんの一手は最適解だ。
駆け出すリンファさんに男二人が続く。
普段、戦いの場に身を投じない女性に先頭を走らせ続けるのは勇者として恥ずかしいので一気に追い抜き、イグニースによる炎の壁で牽制しながらリンファさんの指示に従って真っ直ぐ走る。
「プロテクション!」
背後ではルーシャンナルさんが後方から迫ってくるミストウルフの足を止めるために障壁による妨害を行ってくれる。
左右から迫ってくるのには――、
「スタングレネード」
左手でプレイギアを取り出し、イグニースを展開しつつプレイギアを右掌へと向けて発する。
光と共に手には筒状からなるスタングレネードが顕現。
ゲッコーさんが宙空から取り出すモノとは違い、こちらは
取り出す手間はゲッコーさんに比べると面倒ではあるが、スペースに限りのある雑嚢に入れなくていいという利便性は有り難い。
「ていっ!」
一つを右方向へと投げ、直ぐさまもう一つを出して左方向へと投げる。
連続して爆発音が聞こえと同時に、爆発音に負けないくらいの驚きの鳴き声が両方向から聞こえてくる。
「意外と効果があったな」
本来、狭い室内なんかで効果を発揮するモノだから、こういった広いフィールドだと牽制程度にしかならないだろうと思いながら使用したけども、存外ミストウルフたちには効果が大きかった。
闇夜でも追走を可能としているのは優れた嗅覚と聴覚。これに加えて青く光る目にもよるものだとルーシャンナルさん。
エルフにドワーフ。魔大陸のレッドキャップスなんかと同様で、視覚はビジョンに似た効果を常時発動しているパッシブスキルの様なもの。
今回は優れた聴覚と視覚が災いしてしまったようだな。
よすぎる耳と目にスタングレネードの爆発音と閃光はたまらなかったようだ。
――――。
「ふぃ~」
下生えの中を馬鹿みたいに疾駆してしまった。
「これなら樹上を移動するほうがよかったですね」
「それは俺も思っていました……」
スタングレネードの投擲以降、ミストウルフたちは警戒を強めたのか、一気に距離を取り、追走の足を徐々に緩めた。
これにより振り切ることに成功した。
振り切った後もリンファさんの指示に従って、終始、下生えの移動となってしまった。
樹上移動を選択すればもっと早くに振り切れたんだろうにな。
もしそうなら無駄に長距離を走らなくてもすんだ。
これは走ってる最中に提案を出さなかった俺が悪い。
終わった後にああすれば良かった。こうすれば良かった。と言うのは格好悪いしな。
にしても――走ったな。
「ここ外周の防御壁じゃないか」
「その様ですね」
リンファさんの普段の仕事はホワイトカラー的なものなんだろうが、この長距離を疾駆してなお余裕ある佇まい。
大したスタミナである。
目的地は城方向だから真逆になってしまったが、ここまで来れば一安心でもある。
防御壁にはルミナングスさんの部下の方々もいるはずだからな。
カゲストを国外へ逃がさないために、外周にもしっかりと兵士を展開してるって話だったもんね。
「でもここって困るんだよな~」
「どうしてです?」
「いや、この霧の中って視界が奪われるじゃないですか」
「確かにそうですね。誘導の光がないと道に迷ってしまいますものね」
――……ん?
「ん、どうされました?」
俺の立場になってくれての返答……だったんだよね。
――…………。
「本当にどうされました。勇者様?」
「――本当に迷いますよね。リンファさんも――――霧の中へと入れば難儀するでしょう」
「ええ」
なんて柔和な笑みなんだろう――ねっ!
「本当に――どうされたんですか?」
一気に距離を取る俺。
対して目の前の女性は首を傾けて似たような返しをしてくるだけ。
「ルーシャンナルさん!」
俺の側へ来るように伝えれば強い首肯で返し、弓を手に取り俺の斜め後ろにて待機。
そして俺もここで抜刀。
瞬時に前衛と後衛に別れて備える。
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