PHASE-377【本邸へ】

 馬車から見る風景は、草木による緑の壁が両サイドを彩り、路肩には水が流れている。

 生活排水とかではなく、ただ景観をよくするためだけのものだと思われる。

 屋敷と屋敷を繋げるだけの道にこんな事までするとは、本当に金持ちの考えってのは庶民の埒外だ――――。


「ようこそいらっしゃいました」

 と、ここでも美人のメイドさん達。

 馬車のドアを開けてくれれば、横一列に並んだ美人さん達が笑顔でお出迎え。

 この城郭都市に長く滞在したら、骨抜きにされそうだな。

 ま、それも男としては本懐だけど。

 

 侯爵の本邸へと到着。

 エントランスから入るのではなく、専用の道は通用口に繋がっていた。

 通用口といっても、立派な門構えだ。

 潜れば、迎えてくれるのは綺麗な花々が一面に咲き誇る通路。

 そこを歩き屋敷内へとお邪魔する。


「あの、姫は」

 案内してくれるメイドさんに質問すれば、屋敷の広間で待ってくれているそうだ。

 流石にここに自らが赴いて、待ってくれているというのはないようだな。

 

 政務もこなしてくれていると侯爵は言っていたから、多忙な存在がわざわざ俺たちを通用口前なんかで待つなんて事はしないよな。

 初対面だ。ここは俺も勇者として、威厳有る姿で会わないと。

 ただでさえ初対面の人達は、俺の事を勇者だと思ってくれないからね。

 背筋を伸ばして胸を張り、大きな歩幅で歩く。

 これが俺が思っている威厳だ。


「もう少し歩調を合わせたらどうだ」


「あ、はい……」

 一人でズカズカと歩くなみっともないと、ベルからのお叱り。

 威厳って、立ち振る舞いというより、内から出て来るものなんだろうな。

 外見だけでも良くしようとするのは、三流のやる事のようだ。

 考えが浅いから、内側からの迫力もないというも。


 その証拠に、俺の後ろをゆっくりとした足取りで歩くゲッコーさんは、威厳の塊だもの。

 ドミヌス、短縮形でドム。部下達にそう呼ばれて敬われるだけあるよな。俺より酷い中二病者でもあるけど。

 確かゲーム内の情報だと、ドミヌスって、ラテン語でマスターや指導者って意味だったな。


 会頭もいいけど、ドミヌスもよかったな。そうなるとゲッコーさんと役職の奪い合いになってしまうが。


 屋敷内を歩き、緩やかな螺旋階段をのぼっていく。

 大理石で出来た通路に、螺旋階段。等間隔で立つ柱も大理石。

 風化も見られないことから、新築なり改装でもしたのかと伺えば、侯爵がまだ生まれていない時からこの状態だと、メイドさんは先達から話を聞かされたそうだ。

 なので、この状態を今後も維持しないといけないと、強く言われているらしい。


 手入れの行き届きようは最早、病気だ。

 もちろん褒め言葉。

 広さは王城の方が広いが、建物の質ではこっちの方が遙かに上。

 下を向けば大理石は鏡のように俺の顔を映し出す。

 

 ブーツ底が汚れていないだろうかと、不安になってしまう。

 不安になれば、大理石や絨毯の上を歩いていいのかと、躊躇も生まれる。

 それほどに美しく磨き上げられていた。


「どうされました?」

 俺が物怖じしているもんだから、メイドさんが不思議そうな表情を向けてくる。

 緊張から苦笑いしか出来ない。


「早く行け」

 ベルが後ろから押して再び歩き出す俺は、絨毯を踏んで歩く時、申し訳なく思ってしまう。

 別邸の時はこんな気持ちにはならなかったが、本邸にはそう思わせる重厚さがあるようだ。

 俺だけが雰囲気に呑まれていると思ったが、ベルの後ろでは挙動不審なコクリコ。

 俺と目が合えば、俺同様に苦笑いを浮かべていた。

 あいつ普段は目立ちたがり屋だけど、人が多いところになると、急に静かになってたもんな。

 今回は人の多さではなく、重厚さと絢爛さに呑まれたな。

 正直、コクリコは俺の隣に来てもらいたい。同様の内容で緊張している者同士、結束力は凄いと思う――――。


 大理石の螺旋階段をのぼり、藍色の絨毯が敷かれた通路を歩いた先では――、


「お待ちしておりました」


「ランシェルちゃん」

 屋敷にいたはずの彼女が俺達の前にいる。

 見知っている者が側にいた方が、俺たちも緊張しなくていいだろうという侯爵の配慮で、俺たちの後に続いたそうだ。

 後発だったが、屋敷内を全速力にて移動し、先回りに成功。


 心なしか肩口まで伸びている紫色の髪が、乱れているようにも見える。

 本当に全力疾走だったんだろう。


 俺の視線がそこに向けられたからか、頬を赤らめて、慌てて両手で髪を整える仕草は無茶苦茶に可愛かった。

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