PHASE-1045【盤石にしたいんだろうけども】

「やれやれですね」

 話を聞けば落胆の声を漏らすコクリコ。

 声を受けてルミナングスさんは顔を伏せる。

 この人は階級の垣根なく接するような考えを持っているし、行動もしているようだけど、ポルパロングを始め他の氏族はそうではないんだろうな。


 中央の一部が旧態依然から脱却できないといったところか。

 まあ、脱却は難しいよな。

 なんたって長命なんだ。上の方がいつまでも同じ顔ぶれってことなんだろうし。


「何はともあれ二人とも無事でよかった」

 優しく問いかければ、子供たちが頭を下げてくる。


「なんでこんな場所にいたんじゃ?」

 ギムロンの質問にハーフエルフの男の子――サルタナ君が震える声で説明をしてくれた。

 母親が怪我を負ってしまい、その為の薬草を採るためにということだった。

 その薬草があるのがウーマンヤールの集落付近なのだそうだ。

 サルタナ君の友人がそれに協力をしていたところで、ミストウルフに襲われたという。

 

 そんなサルタナ君の友達である褐色肌の男の子に目を向ければ、


「有り難うございました。戦士様」


「どういたしまして」


「戦士ではなく、勇者なんじゃがの」


「!? 申し訳ございません。勇者様」


「いやいいんだよ。初対面なんだから」

 そもそも俺って以前から勇者として認識されないからね……。

 コクリコとかシャルナとかetc.

 思い出すと虚しくなるし、股間に痛みが甦るからやめよ……。

 ギムロンからの指摘を受ければ、俺に深々と頭を下げてくるダークエルフの男の子。

 子供のような姿だけど、立ち居振る舞いは大人に近い。

 でもオドオドとしている。現状、ダークエルフ達に巣くっているだろう卑屈の精神が原因なのかもしれないな。


「名前は?」


「ゲド集落のハウルーシと申します。サルタナはククリス村の者です」


「俺は遠坂 亨。トールって呼ばれてる」


「有り難うございますトール様」


「様なんていらないよ」


「いえ、そんな……」

 謙虚だな。

 やはり階級が引け目になってるってところか。

 ダークエルフの男の子であるハウルーシ君がハーフエルフのサルタナ君の代弁として語ってくれる。

 当のサルタナ君は薬草採取の事は語ってくれたけど、未だ恐怖状態で上手く喋れない様子。

 

 ――薬草は高価だという。

 それを更に洗練させたポーションを手に入れるとなると、かなりの額を支払わないとならない。

 階級社会であるこの国では、テレリやウーマンヤールがポーションを手に入れるにはかなりの苦労をするため薬草がメインなのだそうだが、それでも買うとなると高いという。

 

 でも変だよね。


「魔法で治療ってのは無理なのかな?」

 いくら子供といっても俺達よりは年上だろう。

 しかもエルフだ。魔法くらいは使えて当たり前のイメージなんだけど。

 怪我をしているという母親が無理だったとしても、周囲のエルフの中には回復魔法を使えるのが一人くらいはいてもいいはず。


「僕たちは使えないので……」

 ハウルーシ君が長い耳を寝かせてから応じる。短髪だから耳の動きが分かりやすい。

 チラチラと申し訳なさそうにルミナングスさんを見ていた。

 なんだろうか。これ以上の発言となると憚ったものになるということかな?

 特にハイエルフ――しかも氏族の前では恐れ多いって事なのかな?


「彼らは言いにくそうなので俺から質問しますね。ルミナングスさん良ければ説明を」


「……はい」

 胃の部分を擦りつつ教えてくれたのは、今の階級制度を守るために民であるテレリや、それよりも下――つまりは奴隷民のような立場であるウーマンヤールにはマナが使用できないように呪印が体に刻まれているという。

 三千年前に起きた戦乱が再び起こらないために勝利者側が設けた規則。

 その規則によりテレリとウーマンヤールは、弓や武器になるような物を携帯する事も製作する事も許されていない。

 

 テレリは許可がない以上は武装は許されないが、生活のための利器は許されている。

 しかしウーマンヤールに対しては、例え生活のためであっても利器の類いを持つことは許されない。

 自衛手段として長さが限定された棍棒が許されている程度だという。


「なるほど――ね」

 国を盤石の体制にしたいからこそのやり方なんだろうな。

 ウーマンヤールはともかくとしても、テレリは勝利者側のはずなのにな。

 民に不満が芽生えた時、力を具現化させないためでもあるんだろうな。

 でも、この子たちが魔法を使用できていたなら、ミストウルフの脅威にも対応できてただろうに。


「本当に面倒くさいですねこの国は」


「なっ」

 コクリコに続く俺。

 ルミナングスさんの胃を擦る速度が速くなる。

 別段、この人は悪くないんだけどもね。

 階級社会ってのはどこも同じもんだけど、ここの場合は下になればなるほど制限が厳しすぎる。

 利器を持つことが許されないウーマンヤール。

 この国の外で生活をしている尖頭器を持ったゴブリンの営みの方がまだましに思えてしまう。


 そもそもが――、


「棍棒でどうやって自衛すんだろう? 最低限の自衛は可能ではあるんだろうけど、さっきのようなミストウルフが集落を襲ったらどうするんです? 物理攻撃は効果ないですよね」


「ええ。それに関しては別の事で驚いています」

 ミストウルフは非常に頭が良く、エルフや人間の言葉を理解するだけの知能を有しており、決してこの国のエルフを襲うことはないという。

 なのに襲ってきた。それがルミナングスさんが驚く理由。

 その辺はこの国に入る時に襲ってきたゴブリンにも似ているものがあるな。


「とりあえず――ずっと走り回って腹減ってないか?」


「あの、その……」

 オドオドのハウルーシ君。

 恐れ多いといった感じだけども、ここで腹の虫がなるあたりテンプレだね。


「コクリコ」


「なんでしょうか?」


「分かってんだろうが。お前の干し肉を出せ」

 常に買い溜めしてんのは分かってんだよ。

 俺とベルの戦いで大いに悪銭を稼いだお前のことだ。さぞ上質な干し肉を買ったんだろうからな。


「後で支払ってくださいよ」


「お前は俺のパーティーメンバーなんだ。困った人がいたら無償で提供しろ。それが出来ないならパーティーから追放するぞ」


「まったくなんという横暴。専横な公爵への第一歩を歩みましたね」

 頬を膨らませてぷりぷりしながらもポシェットから包み紙を取り出して、二人の子供に干し肉を分け与える。

 中々にデカいのを数枚あげるとは、コクリコにしては豪気だな。

 

 ギムロンも一枚もらって酒の肴にしていたが、それは許されなかったようで、ギムロンからはきっちりと金を徴収するのは流石である。

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