PHASE-271【領地が増えれば得るものも増える】

「連係による戦闘は経験になっただろう」


「はい。赤色級と黄色級に黒色級のおかげで」

 あえて元々の言い方で返してみれば、


赤色級ジェラグ黄色級ブィ黒色級ドゥブだぞ」

 と、ハリウッディアンなお髭が、口角と連動して上がる。


「何処の言葉ですかね?」


「ゲール語だ。ケルト神話とか知らないか? クー・フーリンとか好きだろ?」

 いや、勝手に好きを押しつけられても。

 好きだけどさ……、クー・フーリンニキ。

 やはりこの人、知識のバリエーションが豊かなぶん、俺やコクリコより重度の中二病者かもしれないな……。


「そして、彼が――」


「はい。コボルトのコルレオン氏です」

 先生からの質問に返し、コルレオン氏には、俺の横に来てもらう。

 応接室のテーブルは円卓。席に座れば、自然と全方位から目が向けられる。

 

 小さな体が自分よりも長身、しかも場数を踏んでいる強者たちに見られれば、もともと臆病気質でもあるコボルトのコルレオン氏は、忙しく目と頭を動かして挙動不審になってしまう。

 このまま居続ければ、圧によって気を失いそうだ。


 現在コルレオン氏には、王都移住組のコボルト達のリーダーをやってもらっている。

 理由としては、いまは落ち着きがないが、俺を狙撃してきただけの胆力もあり、自分を処罰しても仲間は救いたいという男気もあったので、移住組をまとめるリーダーに適しているとして、暫定だがやってもらっている。

 

 他のコボルト達から反論もなかったことから、このまま移住組のリーダーはコルレオン氏がやってくれるだろう。


「で、帰還した時に説明した代物を見せたいんですが――」

 と、挙動に落ち着きのないコルレオン氏を横にして、以前、彼から預かったスリングショットを手に取る。


「貸してくれるか?」

 紫煙を燻らせる伝説の中二病者が手を伸ばしてくる。

 眼光に当てられてビクリとなるコルレオン氏の横で俺が手渡す。


 手に取ればゲッコーさんは全体を眺める。

 目を細めるのは、煙が目に染みたからってわけではないだろう。

 眼光が更に鋭くなり、


「確かにゴムだな。この文明レベルでこれだけしっかりとした作りのゴムを見る事が出来るとはな」


「作れないんですかね?」


「聞いた話からするに、コレを作った人物は、ゴムの木の樹液を集めて何かしようとして、偶然に作りだしたのかもしれん。ゴムはラテックスと蟻酸があれば出来るからな――――」

 ――――……また訳の分からん……。

 重合体じゅうごうたいがなんちゃらの、微粒子が安定してどうのこうのと、ゲッコーさんには是非、日本語を話していただきたい。

 俺がそんな理系関係の用語を使われて分かるわけがないでしょ。

 偏差値なんて50だぞ。ミスター平均の俺に、そんな言葉を使うんじゃない。


 ――――とにかく、ゴムの木の樹液であるラテックスと、蟻からとった酸を混ぜればゴムが出来るってのだけは分かった。


「ではゲッコー殿。このゴムなる物を生産することは可能と?」

 おっと先生は乗り気なのか、椅子から身を乗り出して、ゲッコーさんに問うている。


「ああ、難しくはない。南に自生しているゴムの木の地帯を領地として抑えればな」


「ふむふむ。ならば南征、南伐も視野に入れねばなりませんな」

 ゲッコーさんから手渡されたスリングショットのゴムに興味津々のようで、ゴムの木を是非とも得たいと考えているようだ。


「でも、南はいまだ魔王軍の戦力が強大ですよね」


「主の言は正しいです。対魔王軍の戦力を更に強大にしないと、南はもとより、進軍自体が現状では難しいですからね。ゴムの木が自生する一帯を抑えるためにも、もっと人々の力を結集させねばなりません」

 と、言えば、何か策を考えているのか、応接室入り口に待機するマイヤに地図を持ってこさせて、地図を見て一人で考え事を始める。


「ゴムは利器のグリップにも使えるからな。生産が可能となれば、革の消費も抑えられる」

 ゲッコーさんの発言に、地図を見つつ先生は相槌を打つ。

 普通に横文字を理解している先生は、すでに俺が知る英単語の数を凌駕しているに違いない。

 ただ、相槌は打つが、それ以外のリアクションはない。地図を見るのにご熱心だ。

 これは話しかけてはいけないという雰囲気なので、話題を変えようとすれば、


「そう言えば、クレトスは温泉地。必然的に硫黄も取れるな」

 俺より先に、ゲッコーさんが話題を変えてくれた。

 村に近づいた時に、鼻に届いた硫黄のにおいは忘れない。


「硫黄って火を付けると青く燃える鉱物でしょ。よく燃えるから、村では火種として活用してたよ」

 シャルナが村での硫黄の使用方法を教えてくれる。

 

 だが、ゲッコーさんが考えているのは、そんな生やさしい代物ではないだろう。

 十中八九、黒色火薬を作ろうと考えているはずだ。

 

 ルネッサンス三大発明の一つである火薬。

 木炭と硫黄を混ぜてから硝石を混ぜて加工すれば、黒色火薬が出来るんだよな。


「ゴムと硫黄か――。いいじゃないか」

 あれ? 俺が思っていたのと違うな。


「これは一方だけでも集めておこう。あれば直ぐに行動に起こせる」


「では、それはゲッコー殿にお任せします」

 地図に熱中しつつ、先生はゲッコーさんに託す。

 先生の集中を妨げたくないからか、ゲッコーさんは頷きだけで返していた。


 ね、俺の指示なんて一切いらないとばかりに、勝手に進めていくよ。

 単独行動スキルの極である。


 疎外感を覚えつつ、丸投げしようとする俺も中々の器じゃないだろうか。


 面倒くさいとかじゃなくて、単純に皆のことを信じて、頼りにしているだけなんだ。

 決して、面倒くさいとかってことではない! 


 ――……多分……。

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