PHASE-1193【上座から賜る】

「緊張なんてする必要ないですよ師匠。いつも通り、師と弟子との間柄でお願いします」

 エリスはそう言うけども、この場にいれば緊張だってするもんだ。

 昨晩のセラとのやり取りをここで思い出すことで、現実逃避をしようと思っていた俺がいたのかもしれない。

 

 昼前――。

 

 前日ギムロンが言っていたように、俺をはじめとしたパーティーメンバーは謁見の間へと呼ばれていた。

 戴冠式とその後の宴会と違い、参加人数は圧倒的に少ない。

 王族と氏族とその関係者であるカミーユさんとリンファさん。

 そこにルリエールと侍女さん達。

 俺の弟子枠としてサルタナとハウルーシが参加。

 こじんまりとしながらも、この国の顔役達が集った中で新たなる愛刀を賜るわけだが――、


「この位置はどうにかならんのかな……。見る人が見れば勘違いするし、外交問題に繋がると思うんだけど」

 俺としてはそういった事は回避したいんだけどね。


「お気になさらず。誰も気にしておりません」

 ってエリスが言えば、前王だけでなくルミナングスさんにカトゼンカ氏も笑顔による首肯でエリスに賛同。

 三人が賛同するから残りの氏族二人も賛同といったかたちだ。


「ならいいんだけどさ……」

 って返す俺の声は若干、上擦っている。

 だって仕方ない。俺はこの謁見の間でなぜか王族限定であろう御簾の奥において、王族が使用するであろう朱塗りの椅子に座らされている。

 御簾は完全に巻き上げられており、謁見の間全体が俺とエリスを見る事が出来る状況。

 尚且つ、本来ならこの椅子へと座らないといけない対象であるエリスは、俺の目の前で片膝をついているんだからね……。


「いや、やっぱりこの状況は……」


「僕は王になりましたが、師を敬愛し仰ぐという事は変わりません。王の師である師匠こそこの場に置いてもっともその席が相応しいのです」

 なにその変な理論。

 王は王だからね。師だからこそそこは分別をつけたいんだけど……。

 そんな理論を展開されるとさ……。俺の胃がもたんのよ……。

 エメンタールチーズのような胃になる予備軍は少なくともこの場には二人いるからね。

 俺とルミナングスさんだけども、今回に限ってはルミナングスさんもストレスを感じる事なくこの状況を眺めているので、実質、俺一人が極度のストレスを受けているわけだ。

 

 ――よし。


「直ぐに済ませようか」

 この状況から脱するにはさっさと終わらせることが最適解だろう。


「分かりました。我が兄弟子と弟弟子にお願いします」

 とエリスが言えば、サルタナ、エリスに続いて弟子となったハウルーシがテキパキと動く。

 どうやらこの催しの為に事前に予行演習に励んでいたご様子。

 この場には似つかわしくないであろう平服の二人が、純白の絹織物に覆われた足つきの台を運んでくる。

 台の長さは一メートルを超えるくらいのもの。


「お願いします」

 エリスがそう言えば、二人は先ほどまではテキパキと動いていたが、衆目が集まると流石に緊張してきたのか、エリスの横に置いた台を覆う織物をギクシャクとした動きになりつつ二人で外していく――。


「おお」

 姿を見せるモノに俺は声を漏らす。

 はしたないと思っていたが、壁に沿って立つようにいるエルフサイドの面々からも俺に遅れて声が漏れていた。

 俺のパーティーメンバーの方を見れば、エルフさん達と違って落ち着き払っている。

 一人を除いて。

 その一人であるギムロンはどうだ! とばかりに胸を反らして俺を見てくる。

 樽型ボディだから胸を張っても腹が目立つね。ってのが俺の抱いた感想。

 だがギムロンが自信を持って俺を見てくるのも分かるというもの。


「美しいね」


「有り難うございます」

 感想を口に出せばエリスは喜んでくれる。


「派手さはないけど丁寧な拵からなる作りは、素人である俺でも良い物だというのが分かるよ」


「師匠がいま佩く鞘は真紅で出来ております。ですのでこちらは黒色にしました」

 俺の装備は基本が赤と黒からなるスタンダールカラー。そこに気をつかったそうだ。

 白色や白銀色の拵も考えていたそうだけども、それだと目立つというのもあって黒を選択したという。

 勇者として正面から行動する事が多いだろうが、潜入する場合もあるという事を踏まえて派手な作りは回避。

 でも少しでもよく見せたいという欲求もあり、黒――ではなく光沢のある漆黒の鞘を選択。

 有り難い心配りである。

 

 そんな心配りを持つエリスの指示によって作られた一振り。

 触れなくても凄みはしっかりと伝わってくる。

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