PHASE-729【有るなら与えろ】
「トールはどうする?」
「俺はちょっと見て回りますよ。人足の方々に対するあつかいをどうにか改善してもらいたいし」
「確かにあれはよくないですな。なあロイドルよ」
「あ、はい……」
伯爵がテーブルに体を預けるような前傾姿勢となり、対面位置にいるロイドルに凄めば、胸元のポケットから出したハンカチで冷や汗を拭いながら返事。
「もっと人は大切にせねば。ですな勇者殿」
「はい」
「ごもっともですが、人足たちは公爵様の下で生活を営む者達です。まずは公爵様に対して確認を」
「ああ!?」
「ひぃ!」
伯爵の圧に押されて、ロイドルが椅子から倒れてしまう。
「阿呆が!」
更に圧のある追撃発言に、ロイドルは這い蹲って壁際まで逃げる。
Gの如きカサカサとした高速移動だった。
中々に敏捷だな。
「なぜ公爵殿の確認を取らねばならん。勇者殿が羽織っているものはなんだ! 貴様は使者でありながら無知なのか!」
「い、いえ! 六花の外套でございます」
「そうだ。ならば外套の意味も分かっているだろう」
「はい!」
王様と同等の権限を有する証。
俺の発言力は公爵よりも大きいと、つまびらか――といよりネチネチとロイドルに語る伯爵。
ここに追従するのは侯爵。
大貴族二人の圧に今にも気を失いそうなロイドル。
それを眺めつつ俺は一切の同情をすることなく平屋を後にする。
うん。この外套があればこの糧秣廠全体を見て回れるのかもしれないとも思ったけど、いくら王様と同等の権限をといっても無理だろう。
ここの兵士たちは馬鹿息子からの罰の方が怖いだろうし。
それに俺が見て回らなくても、現在、三人のS級さんが調べているわけだからなんの問題もない。
問題があるとすれば、開戦となれば俺がこの地で剣舞をしないといけないという事だろうな……。
「我々も」
と、あんまり出て欲しくないランシェルとマイヤがついてくる。
広間の騒がしさが嫌だったようだ。
でも――な。
平屋から出た途端に、兵達の目の色が変わる。
視線を不快に感じているようで俺の後ろでは面倒くさいとばかりに息が漏れていた。
肩越しに見れば、ランシェルはメイド故か一応の営業スマイルを湛える。
鮮やかな紫色の髪にメイド服。
大きなシトリンのような黄色い瞳による笑みは、たとえ作り笑顔であったとしても野郎たちは骨抜きにされる。
先ほどまでの嫌らしい視線が惚けたものに変わったほどだ。
流石は夢の中で対象者を骨抜きにする夢魔だ。
まあ、インキュバスだけどね。
男だと理解している俺はつっぱねることが出来るようになったけど、初見さんには効果は抜群。
俺も出来るだけであって、油断していると堕ちそうになるから怖い。
対してもう一人は表情を変えない。
切れ長でアメジストのような紫色の瞳に、闇を投影したような黒髪。
左頬には刀傷があるけど、その傷も美を際立たせるアクセントとなっている。
ポニーテールにした黒髪を揺らして歩けば、兵達の頭も連動するように動く。
表情を変えないからこそ、クールビューティという魅力が生まれてしまう。
「配給!」
と、いいタイミングで人足さん達の休憩時間。
大鍋から雑に木皿へと注がれるのは麦粥。
一緒に肉や野菜も煮込まれているようで、同時に栄養を摂取するのは素晴らしいが、時間短縮の雑多な料理でもある。
なんというか闇鍋に近いのかな。
にしても、
「もうちょっと量を増やしてやることは出来ないの?」
横から眺めていた俺が原因で、注ぐ動きがぎこちなくなる兵士に問えば、
「これでも良い方だと思うのですが……」
恐る恐る返答してくる。
確かに麦粥の中に肉も野菜も入っているのは素晴らしい。
しかも小さくない。カレーやシチューの具のようにゴロゴロとしている。
王都と比べても贅沢に食材を使用している。
だが、主食である麦粥は少ないし、折角の食材を台無しにしている調理技量が残念でならない。
「あれだけの労働に見合ってないよ」
「しかし材料が少なく――」
「いやいや、いっぱいあるじゃない」
「これは来たるべき魔王軍との戦いに必要なものでして」
違うでしょ、王都に対してでしょ。とは口には出すまいよ。
「でも働く者達が倒れれば、お宅らが代わりに働くことになるよ」
あえて乗ってあげる。
兵糧だけでなく、他の荷物運びに雑用。そんな疲れ果てた体で戦場に出るわけだ。
待っているのは、あっという間に訪れる戦死だよ。
仄暗い声音で伝えれば、そこは普段は田畑を耕している者達が殆どということもあってか、死という単語に戦慄を覚えたようだ。
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