PHASE-992【遠のく】

「大人しく斬られればいいものを」


「予想外に対応してきたから、内心では焦ってんじゃないの?」

 挑発しても――乗らないね。

 激情タイプだけども、俺の首を落とすという事に意識を集中しているようで、それ以外には興味はないといったところか。


 ――さてどうするよ。


 正直、太刀筋はまったく見えない。

 鞘の力による抜刀術の異常な速さは、俺には真似出来ない芸当。やってみたいという欲は芽生えているけど。

 

 本当に、お世辞抜きでベル並みの速さだ。

 連続じゃないところがベルとの明確な差ではあるけども、だとしてもその一太刀は脅威でしかない。

 ミスリル刀に加えて魔法付与ということもあるから、火龍装備であっても防ぎきれるという保証はない。

 しかも衝撃貫通も得意ときている。


「鉄仮面を被っていた時、どういう教育を受けてんだ。って馬鹿にしたけども、しっかりと鍛錬してんだな」


「どうした? 佞言ねいげんでこちらをたらしこむつもりか?」


「いや、感心しただけ」


「力が無ければ生きていけない環境だったからな」

 まあ、分かるけどね。

 貴族が力を失えば、今までの快適な生活とはかけ離れた営みになるだろうからな。


 ライトノベルなんかでも没落した貴族の悲惨さはよく書かれているもんだ。

 目の前の美人は実際にそれをその身で経験しているんだからな。

 俺が楽しんで読んでいるのとは違って、想像を絶する経験をしてるんだろう。


 だからこそ、この傭兵団が一貫して掲げているのが、強さこそが全てって考えなんだろうからな。

 力があれば正義。なければ悪。

 なければ自分自身を守れない。そういった思考から生まれた組織理念なのかもしれない。


「おべっかなど私には通用しない」


「だから本心で感心したんだよ」


「死ね」

 おお、超クール。


「でもな――いつまでも受け身でいてやると思うなよ!」

 いくら抜刀が神速であろうとも、それを躱し、捌く、防ぐの対処法から反撃に出ることが出来れば、力ではこちらが上。

 その有利性で一気に決めさせてもらう。


 今度のは魔法による牽制がない。

 加えてアクセルではなく驀地。

 俊足ではあるがアクセルと違ってしっかりと目で追える。

 ただアクセルからの繋ぎと違って、自分の好きタイミングで抜刀できるのが向こうの強味。

 だからこそ、それを堪えることが出来れば、こちらは黄金の時間を手にすることが出来る。


「はぁっ!」


「らぁっ!」

 裂帛の気迫からの抜刀に対し、こちらも裂帛の気迫を発する。

 神速の抜刀の間合いは、先ほどの回避で大体わかっているから対応は出来る。

 大地に根を張るように両足に力を入れて、右の籠手からバックラーサイズのイグニースを顕現させてしっかりとガード。

 凄いのはイグニースを断ち切って、火龍の籠手にミスリルの白刃を触れさせてくる斬撃。

 しかも右腕から伝わる鈍痛。

 衝撃貫通は健在。


「だが! 防いだ!」

 納刀なんかさせない。

 勝っている力の部分で一気に制圧させてもらう!

 バックステップなどの回避ではなく、最小限のガードですませたのもこちらの反撃速度を上げるため。


「残念だが、私に隙はない」


「は……?」

 ――……なぜか、顔の部分が突如として熱くなる……。

 視界が赤くなったり暗くなったり、チカチカとする。

 そしてそんな視界の中で捉えたのは、マジョリカの身長が突如として伸びていく不思議な光景。

 ほくそ笑んだ表情が俺を見下す。

 

 ――……って、あれ? これって俺が地面に座っているのか?


「トール!」

 背後からの声はゲッコーさんからのものだろう。

 大声のようだが小さく聞こえる。

 焦っているようだけども……。

 

 ――……ちょっと待て。俺、斬られてるの……か?

 しっかりと防いだはずだけども……。

 更にぼやけてくる視界に紫色の輝きが入ってくる……。

 マジョリカの左手付近から伸びているのが確認できたところで、俺の意識は遠のいて行く……。

 

 この感じ、以前にも経験した事があったな……。

 ――……確か……夏のあつ……い…………。

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