PHASE-269【便利な食料庫でもある】

「タチアナ。帰りはダイフクの後ろに乗っていいからな」


「ありがとうございます」

 すげー喜んでくれたのは、俺とタンデムってのに喜んでんじゃない。Gを回避できるからだ。

 ちゃんと現実と向き合える男、遠坂 亨です。

 

 恋愛発展には期待しないけど、ぎゅってされる事には期待したいんだ。

 

 ダイフクの歩法練習でもしようかな。たしかピアッフェって言うんだよな。その場で足踏みさせるやつ。

 それを激しくすることで、後ろからぎゅってされるイベントが発生する――――、


「……会頭?」


「はいトールです」

 いかんいかん、邪が顔に出ていたのか、俺から一歩はなれてしまった。

 現実と向き合えるとは一体……。


「コボルト達は?」

 なので話題を変える。知りたかったことでもあるし。

 ――昨日の今日でありながら、懸命に働いているそうだ。

 働くことが生きがいとばかりに、町の人々と一緒になってクランベリーの収穫や町の修復を手伝っているらしい。

 

 昨日まで歩くのもやっとってのが嘘みたいだな。

 気が漲れば動けるものなのか、働くコボルト達は共通して笑顔だそうだ。


 働きぶりを聞けば、南から連れてこられたコボルト達も王都で大いに励んでくれるという期待が持てる。


「諸々が済んだら、王都に戻らないとな」

 ギムロン達が戻ったら即出立しよう。

 長居しすぎると、町の食糧に打撃を加えることになるからな。

 王都からの運搬も始まるとはいえ、コボルト達が戻ってきた町の食糧事情の今後を考えると――――、


「依存はよくないけども、まあ、いいか今回は」


「何がです?」


「タチアナちょっと使いに出てくれ。リュミットにこの辺で広くて水深のある湖があるか聞いてきて」




 ――――町から五キロほど東に行けば、ダレット湖ってのがあり、そこで俺はミズーリを召喚。

 タチアナとリュミット、町の力自慢二十人ほどに手伝ってもらい、数台の荷車にミズーリから運んだ食糧を積み込む。


 積み込み作業を終え、ミズーリをプレイギアに戻せば、視野が広がった湖は美しいオレンジ色に染まる時間帯。

 

 品はないが、真っ先に思い浮かんだのが、オレンジジュース飲みたいって感想だった。

 学のある人や詩人なら、この情景で見事な例えをするんだろうが、俺はオレンジジュース。




「いや~湖まで平地だったからよかったよ」

 行き帰りが湿地に悩まされない土道なのは有りがたい。泥濘があれば荷車を引けないからな。

 荷車を引いて手伝ってくれた皆さんと、ダイフクには感謝だ。

 トラックもそうだが、馬やロバみたいに荷車を引ける動物も揃えないとな。

 町の馬などは瘴気のせいで住人が凶暴化した事で、大半が馬小屋から逃げ出して野生化したもよう。

 若干数、町に残った馬は、住人が凶暴化した中でも、逃げ回りつつ飼料を食べて生き延びていたそうだ。

 その馬たちの賢さとバイタリティーの強さを素直に凄いと思った。


「あれが会頭の奇跡の中でもとびっきりの戦う船ですね……」


「噂では聞いていましたが、あんな巨大な鉄の塊が浮くなんて……」

 町に戻れば大量に運ばれた食糧に皆が大喜び。でもって感謝を受ける。

 リュミットとタチアナも感謝を受けるが、湖で見た奇跡に未だに惚けていて、耳に入っていない様子。

 荷車を引くのを手伝ってくれた住人は、ミズーリを目の当たりにして、未だに恐怖を抱いているのか、蒼白な表情だ。


「とびっきりではないけどね」

 リュミットのとびっきりって所は否定する。

 確かにミズーリは凄いが、俺のストレージデータ内で考えるなら――、


「本気を出せば、あのミズーリですら一撃で沈む存在も召喚できるよ」

 惚けていたリュミットだったが、流石にそれは大言だとばかりに、表情を怪訝に変えて俺を見る。

 対して俺は鷹揚に頷いてから事実だと述べた。

 この世界では散兵ではなく密集隊形が主流。

 密集状態で攻めてくるなら、俺が持つ最強の力なら、数十万くらいなら一瞬で倒せると自信を持って発言。


「ハハ……」

 リュミットの空笑い。

 人って信じがたいことを耳にし、それが真実だと理解すると、引きつった表情で笑うんだな。




「もどったぞ~」

 御者台から降りれば、嬉しそうにずんぐりした小柄な身長が、丸太のような両腕を高らかにあげて大きく振る。

 夕陽によって伸びた影法師だけを見れば巨人のようだな。

 ご満悦な表情からして、ちゃんと回収してきたようだ……。

 いいのに……。

 見てよ後ろ。クラックリックとライは笑っているけど、クオンの表情は暗すぎだろう……。

 ダイヒレンはいったい何人に嫌な思い出を植え付けるのだろう……。


「お前は平気そうだな」


「ええ、慣れてますから」

 一人で王都を目指していた時に、様々な経験を積んできたようで、コクリコはダイヒレンの姿にも物怖じなんてしないようだ。

 たくましさだけは尊敬するよ。

 たくましさだけはな!

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