PHASE-1290【落ちたら終わるね】

「――もうすぐ到着します」


「そのようですね」

 目抜き通りを真っ直ぐに進めば、見えてくるのは防塁に囲まれた館。

 館の周囲は広い堀に囲まれているようだ。

 正面からだと館の後ろまでは見えないから、囲まれているかは断言できないけども。

 

 その堀に沿って、目抜き通り側にも防塁がある。

 こちらから見て手前の防塁は奥側に比べて背が低く、俺の腰程度の高さしかない。

 跳び越えようと思えば簡単に跳び越えることができるので、防塁の意味はあまりないように感じる。

 ドワーフ目線だと普通なのかな?


 ――館へと繋がる跳ね橋は現在は吊り上げられた状態。


「お~い」


「なんじゃ~い」

 館側の防塁奥にある物見櫓。

 そこへと向かって野太い声を発せば、野太い声が返ってくる。


「橋を下ろしてくれい」


「おうよ」

 ダダイル氏の発言に応じて、跳ね橋がゆっくりと下りてくる。

 ギャリギャリといった劈くような摩擦音は、跳ね橋を支える鎖の音。

 重々しい音と摩擦音を響かせながら橋が下り、通行が可能な状態となる。


「さあどうぞ」

 少し離れた場所から通行可能を確認した後、跳ね橋の方へと歩めば、堀の正体を我が目で確認できる。

 その瞬間、尻の部分がヒヤッとしたものに襲われた。


「空堀なんだけども……」

 手前側の防塁で死角となっていた堀を橋の側で目視した俺の第一声は、恐怖を纏わせたもの。

 両防塁の間にある広い堀は空堀というより――穴。


 いや――、


「穴というより奈落だな……」

 ビジョンで穴の最深部を確認しようと見てみるが、底を見る事は出来なかった……。

 闇に支配されていても、問題なく長距離を見る事が可能なビジョンであっても、奈落を支配する闇の先を見通すことは出来なかった……。


 こりゃ落っこちたら……、


「間違いなく死ぬな……」


「間違いなく死ぬね……。死ぬまでにかなりの時間も必要となるだろうけど……」

 俺の横でシャルナも奈落を眺めていたが、ハイエルフの目を以てしても底は見えないようだった。

 

 目抜き通り側の防塁はトラップだな。

 

 ――仮想敵対勢力として俺はこの館を攻める側に立ってみる。

 人間の子供と身長がさほど変わらないドワーフ。

 なので防塁の高さはドワーフにとっては標準と判断し、違和感を持たないかもしれない。

 違和感を持たないままに軍勢を引き連れて突撃を行わせる。

 橋など不要、一気呵成に攻め込んで堀を渡らせ、館側の防塁まで攻め立てる!

 と、この窟の中心部まで攻め込むことに成功して高揚した状態になっていれば、そういった思考に染まっているだろうな。


 だが意気揚々と最初の防塁を兵達に跳び越えさせてしまえば、そこは空堀ではなく底の見えない奈落。

 先頭が次々と落ちていく様を確認する事が出来ないままに、続く者達も奈落へと落ちていくことになるだろう。

 

 跳ね橋と堀という構造を把握し、冷静に対応した場合でも難しいかもしれない。

 将が突撃を命令しなくても、直ぐ手の届く位置に本丸があれば、手柄ほしさに我先にと勝手に突撃を仕掛ける兵も出てくるだろう。

 それを押しとどめる事が出来ない者が指揮官となれば、これまた奈落ルート。

 今はまばゆい大空洞内も、敵の侵攻があれば灯りは消すだろうから、暗闇の中での行動となれば、闇を見通す目を持っていない者達も奈落ルート。


 ――……この地は攻めたくないな……。


「漆黒の支配者――深淵の――」

 俺が仮想敵となってアラムロス窟攻略を考えている最中、俺の後ろではブツブツとコクリコが中二心をくすぐるようなオリジナルの詠唱を奈落を見つつ考えていた。

 オリジナルを考えるよりも、元々ある大魔法の詠唱を覚えて使用できるようになってほしいものである。

 

 楽しげにオリジナル詠唱を考えるコクリコの横では――、


「コルレオン……」


「すごい通りでしたね……」


「無理するなよ」


「はい。大丈夫です」

 ふらついた足取りで橋から落ちたら、死に直結だからな。

 そうならないようにと、パロンズ氏とタチアナがコルレオンを支えて歩いてくれる。

 ニオイだけでコルレオンをここまで酔わせるドワーフ達の酒盛り――おそるべし。

 

 ――堀が奈落と知って、心胆を寒からしめつつも橋を渡りきる。


「開門」

 到着と同時に櫓の一人が発せば、跳ね橋の時の劈くような金属音とは違い、鋼鉄の門扉は重々しい音によって開かれていく。

 開ききれば見えるのは石畳の道。

 その道の左右では、ドワーフさん達がバトルアックスを大空洞の天井へと向けたまま立っている。

 微動だにしない姿勢で俺達の来訪を出迎えてくれる。

 ついさっき歩いてきた目抜き通りのドワーフさん達とは違い、表情を一切くずすことなく、俺達に視線を合わせることもせず、ただ正面を見ての直立不動。

 

 不動の姿勢を目にするだけで、このドワーフ兵達が強兵であるというのが伝わってきた。

 装備は窟の出入り口を守っているドドイル氏たちと同じ物なので、統一されているのも分かる。

 

 ――門を潜り、石畳を歩いて館へとお邪魔する。

 

 それにしてもこの建築――。

 全容は窺えないが見える範囲を眺めつつ、だだっ広い玄関までくれば――、


「履き物はこちらで」


「分かりました」

 高級旅館や料亭を彷彿とさせる建築なんだよな。

 ――どっちも行ったことないけど。

 とにかく広かった。玄関だけでギルドハウスの執務室くらいはありそうだった。


「え、履き物を脱ぐのですか?」


「いや、脱ぐだろ」


「変わってますね」


「いや普通だろう。俺の召喚する家では脱いでるじゃないか」


「あれはトールが脱いでいたから皆そうしているんですよ。基本、脱ぐことは珍しいですよね」

 こんなにも広いのだからそのまま履き物を履いたまま歩き回っても問題ないでしょう。と、コクリコは不思議がるけども、玄関から続く立派な板張りを目にしたら土足で歩くなんてありえないからね。

 でもそう思っているのは俺だけなのかな。

 パロンズ氏とダダイル氏を除けば不思議そうにしていた。

 これだから西洋の生活圏に似た連中は。

 この和テイストの館を土足で歩くなんて駄目ですよ。


「――なんかこうやってブーツを脱いで歩くのって不思議な感じだよね」

 言いつつシャルナは解放感に浸っているのか、廊下をスキップしている。

 スキップはしてもそこはスカウト担当。足音は聞こえてこない。


「だから俺が召喚する家では皆、履き物は脱ぐじゃないか」


「確かにそうだけど、ここは凄く広いからね。あの家ではこんな感じで歩けないでしょ」

 ――……言われているぞ。ギャルゲー主人公……。

 ゲーム内の主人公の家だって、俺からすればデカい家なんだけどな。

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