PHASE-315【トライアル・アンド・エラー】
「もう、本当にしっかりしてくれよ。炎を使う力の配分の時に学んだんじゃないの? 理性を持って行動するって」
ドキドキと鼓動を速くしながらも、逞しくなった俺はあえてベルに攻める。
クラーケンに調整のきいていない青い炎を使った時のことを思い出してもらいたいという内容を発せば、キッと睨まれてしまう……。
でも、正鵠を射られる内容だったようだ。
自分でも思うところがあったようで、中空を見るように仰ぎ見て、嘆息を一つ。
ゆっくりと椅子へと腰を下ろす。
思うところもあるし、これ以上、問題を起こしたくないから、俺との言い合いを避けようとしているご様子のベルは、側にいるコボルトに紅茶を頼む。
「――――ふぅ」
と、人心地つけば、つと立ち上がる。
「またクエスト?」
「ああ」
シャルナが問えば一言返すベル。
夕方からのクエストは、王都付近に出没した巨大なクマ、アイアンクローなるクマを撃退することだそうだ。
王都の外周で栽培している作物に被害が出ているとの事。
田畑と王都の防衛強化のために、木製の壁が築かれているが、穴を掘ってそこから入り込んだらしい。
体長は四メートルほどある熊で、名が指すように鋼鉄のような頑丈で長い爪が特徴。
壁を破壊して入ってくることも可能だろうが、穴を掘って出来るだけ音を立てずに侵入するという知恵を有しているようだ。
外周の木壁には物見櫓が備わっていて、王都兵の見張りもいたが、侵入を見落としたようだ。
王兵、ギルドの共同で事に当たる現状から、失態に責任を感じたナブル将軍が、わざわざギルドハウスに赴いて先生に謝罪したらしい。
でも先生は、これは次の機会に活かせる事だからと咎めなかったそうだ。
地中からの脅威もあるかもしれない。今後の対策として熟慮する案件と、むしろ喜んでいたらしい。
俺がいない間にもいろんな事が起こっているね。
先生のように、トライアル・アンド・エラーによる考え方は大事だ。
起こった問題に対して責任がどうこうと転嫁しあうのではなく、真摯に対処すればいいだけだ。
リオスを大穀倉地帯にするために、王都からも兵士が出張っている。
そうなれば必然的に王都の兵士も少なくなるから、防衛を務める兵達の負担も増えるわけだ。
二交代制が問題だったのだろうということで、王都から志願者を募集して、三交代に変更し対処するそうだ。
作物は今のところ、大きな被害は被ってはいない。被害が大きくなる前に、アイアンクローなるクマには大人しく森に帰っていただきたい。
ベルのことだから目力だけで追い返すだろう。
そもそも子グマのゴロ太が大好きだから、クマに対して力を行使するとは考えられない。
クレトスでもケーニッヒス・ティーガーと呼ばれるサーベルタイガーを大人しくさせた前例もある。全てが常人からかけ離れた存在だから、簡単に対処するだろう。
俺たちもさっきまで近くの森でクエストをこなしたばかり。
森にはクマが食べるような物もあったから、ベルが森まで追い払えば、今後、王都には近づいてこないはずだ。
「がんばれよ」
緊張しつつも笑顔でベルを鼓舞すれば、
「ふん」
って、素っ気ない返事。
当たり前だが、未だに怒りはおさまっていない。
ギヤマンハートの俺は、美人に素っ気なくされると心が寂しくなる……。
原因を作った俺が悪いんだけどね。
ポーションには心の傷も癒やす効能があればいいな。と、願うだけだ。
アイアンクロー後のクエストも考えているのか、ベルは掲示板に貼られた依頼書に目を向ける。
「ダイヒレンのクエストもあるぞ」
「お断りだ!」
即答だった。
様々なクエストをこなさないといけないようだが、ダイヒレンだけは回避したいようだな。
アイアンクロー対処後のクエストも決めたのか、掲示板に張り出された羊皮紙数枚を手にとって、受付へと向かう背中を眺める。
「誠実な対応が求められるね」
「うるさいよ」
俺としてはこれだけ痛い目に遭っているのだから、制裁は十分すぎるほど受けたよ。
俺も木壁の立哨同様に、トライアル・アンド・エラーが必要なんだろうな。
なので、ニヤニヤとした笑みを俺に向けてくるんじゃないよエルフ。
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