PHASE-1624【ご指名入りました】

 ――鋭い目となって周囲をぐるりと見渡し、程なくしてある方向でピタリと止まれば、レギラスロウ氏の目は更に鋭くなり、


「お、いるな――エマエス」

 と、発する。


「エマエス?」


「おう、カウンターで一人楽しんでいる男がおるだろう」

 巌のような手から食指だけを伸ばし、その方向へと目を向ければ、酒を飲みつつ厚切りベーコンをかじっている男性が一人。

 周囲が大勢で飲んでいる中での一人酒は目立つ。

 当人から寂しさをまったく感じ取れないから、周囲の騒がしさを肴にして酒を楽しむタイプなのかもしれない。


「あいつはクルーグ商会で輸送を担当しとる」


「ほうほう!」


「仕事は出来る男だ。そして真面目でもある」

 クルーグ商会が周囲に嫌われているのは、人様の縄張りにまで図々しく入り込んでくるってのもあるが、仕事の速さで相手の先を行くことも多いから、妬みが理由で嫌われているってのもある。とのこと。


 で、あそこで酒を楽しんでいるのは後者の方らしい。


「お、稼ぎが良かったみたいだな」

 見ろとレギラスロウ氏。

 エマエスなる男がベーコンの次に大きく口を開いて頬ばるのは、俺達のテーブルにもある骨付き肉。

 あいつは普段、加工肉をよく食べて肉はあまり注文しない。

 注文する時は懐が潤っていて上機嫌な時なのだという。


「詳しいですね」


「あいつとは飲み仲間だからな」


「そうなんですね」


「あんたらが店に来る前に俺っちの所に挨拶に来てな。メメッソに戻ってきたのは二週間ぶり。仕事から解放されて存分に楽しんでるようだ」

 言うように、とても幸せそうに肉を頬ばり美味そうに食べている。

 見ているだけでこっちも食欲が湧いてくるよ。

 この世界にCMがあれば、いい仕事をしそうだ。


「あんだけ上機嫌に食と酒が進むなら、あんたらとも直ぐに打ち解けるかもしれんぞ」


「それは喜ばしい」


「特に傾城の美女が側にいれば大喜びだろうな」

 ベルが酌でもすればイチコロ。

 レギラスロウ氏のこの発言を耳にして俺がベルを見れば、頷きが返ってくる。

 酌くらい問題ないといったところか。

 俺としては問題ありなんだけどね。

 羨ましいからね。

 本日はブリオレって雑魚の相手もさせたからな。

 さらにエマエスなる男の相手をするとなると嫌な感じだ。

 俺だってしてもらいたいのに。


「この席にエマエスを呼んでいいか?」

 レギラスロウ氏の発言に唇を尖らせてしまう俺。

 でもゴロ太のためには受け入れないといけない。

 俺も嫌だが担当するベルはもっと嫌だろう。それでも相手をする気構えがある。


「いいですよ。大勢で楽しみましょう」

 言えばレギラスロウ氏の胴間声が店内に響き渡る。

 賑やかな中でもよく通る声に、カウンター席にて一人で楽しんでいたエマエスが振り返る。

 キョロキョロすれば、ややあって声の主を見つけたところでタンカードと皿を両手に持ち、器用に人を避けつつこちらへとやって来る。


「おう、朝方ぶりだな」


「どうもレギラスロウさん。見ない方々と一緒ですね。冒険者のようですが」


「余所から来た連中でな。俺っちの店で意気投合したのよ。気の良い冒険者だからお宅とも仲良く出来るぞ」


「そう……ですかね……」

 俺とワックさんはともかく、強面のガリオンと通常より二倍ほど大きなグレートヘルムを常に被っているジーシーという存在。

 二人に目を向ければたじろぐというもの。

 

 後退しそうな所で踏みとどまったのは、


「どうも」

 と、作り笑いを貼り付けるという普段からは考えられないベルを目にしたからだろう。


「――ど、どうも」

 一発で魅入ってしまうエマエス。

 羨ましいが、


「どうぞおかけください」

 腰を下ろすように促せば、


「し、失礼します」

 緊張しつつもやはり男。美人さんの隣に着席。

 ベルさんにご指名入りました――ってか。

 

 実際、座るならそこしかないよな。残りの面子の隣には座りたくないよね。

 怖いガリオン怪しげな存在ジージー――の側は誰だって避けたい。


 その緊張も、


「まずは駆けつけ一杯をどうぞ」

 ぬぅぅ……。

 ベルってそんな接客も出来るのか。

 いい笑みでお酌が出来るじゃないか。

 俺にもそんな笑顔を見せてもらいたいものである。

 そんなベルの笑顔に緊張から一転して相好を崩すエマエス。


「こんな綺麗な人にお酌をしてもらえるなんて生まれて初めてです」

 率直な思いを口から出しつつ、タンカードに入った酒を一気に飲み干して男らしさをアピール。

 この辺は野郎共通だな。


「見事な飲み振りで」

 肩に手を回してくるブリオレと比べれば謙虚なエマエス。

 そんなエマエスをほだすのが上手いじゃないですか……。

 ブリオレにもそんな感じだったのだろうか……。


「さあ、もう一献」


「どうも」

 左手を自分の後頭部に当てながらの軽い会釈と共に酒を注いでもらえば、エマエスは上機嫌にそれも飲み干す。

 気分上々だな。

 

 ――……ぐぬぬぬ……。

 

 間違いなく今の俺はガリオンなんかよりも怖い形相になっていることだろう。

 

 注意とばかりに、酌をしている美人様からテーブルの下で臑をコツンと蹴られたからね……。

 で、エマエスの時には見せないキッとした表情で睨んでくるんだもの……。

 この差よ……。

 そんな表情じゃなく、エマエスに向けてる表情を俺にも向けてくださいよ……。

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