PHASE-1625【ご指名からの艶】

「にしても今回は奮発してるなエマエス」


「いや~頑張って運びに運びましたからね。この二週間、領内を東奔西走ですよ」


「領外では商いはしなかったのか?」


「ええ、今回は領内のみの運送ですね」


「そうか、そうか」

 レギラスロウ氏は頷きつつこちらを見てくる。

 領外ではなく領内での運搬となれば――、


「各拠点への積荷の搬出、搬入がお仕事だったようですね」

 ベルの柔らかな声による質問に、


「ええ、最近は人気の商品がありますから」


「この辺りでいま話題の物でしょうか?」


「ご存じで」


「はい。ゴールドポンドへクエスト受注のために足を運んだ際、そこにおられた方が親切に教えてくださいました」


「……そうなんですね」

 ベルの言葉に顔を曇らせるエマエス。

 これにはベルは余計な事だったか。と、焦燥となった顔を俺へと向けてくる。


「中々に豪快な人だったよな。ブリオレって人だったけど」

 と、フォローすれば、


「豪快ですか。嫌な思いはしませんでしたか?」


「いえ、クエストも自分たちが求めたモノじゃなかったので直ぐにその場を後にしたので、ちょっと話をした程度で終えました」

 ワンパンでの即終了な語り合いだったからね。嘘ではない。


「彼らは自意識過剰なところがありますから、長くいれば嫌な思いをしていた事でしょう」

 と、雇い主のクルーグ商会で働いている人間がそう言うなんてね。

 かなり嫌われているようだ。

 それでも依頼を出せば、いつでも応じてくれるからという事で、商会の上の者達は重宝しているということをエマエスは教えてくれる。


「話題となっているのはスティミュラント――という名でしたね」


「はい。その内、領外にも出せるほどの量が作られると思いますよ」


「それは冒険者にとって喜ばしい事ですね」


「効果も聞いたようで」


「ええ、別の利用法も」


「ああ……。最近は元々の利用法とは違ったことで人気を博していますからね……」

 後ろめたいようで、エマエスは申し訳なさそうに俺を見てくる。


「気にすんな。どう使うかは使う者の考え次第よ。武器も一緒。弱き者の為に振るうか、弱き者に向けて振るうか。全ては手にした者の胸三寸」

 言いつつレギラスロウ氏もエマエスに酌をする。

 発言に感謝するようにエマエスは注がれた酒を呷る。

 言動からして、レギラスロウ氏が言うように真面目な人物だというのは分かる。


 ――うむ。


「ああ~。今日は最高の日だ~♪」

 だいぶ酒が回ってきたエマエス。

 笑顔であるが、話しかければラグが生じる。

 視点を合わせてくるのにも時間がかかるくらいには酔っている。

 ただベルの一点には直ぐに目が行く所は男の性か……。

 今の装備は胸の谷間部分が見えているからね。どうしても見てしまうよね。

 チラチラと見る辺り、俺と一緒で小心者のようだけど。

 

 さて――、


 皆を見る。

 そろって頷いてくる。

 そろそろ切り込んでも良い頃合いと意見は一致のようだ。


「あの。我々もスティミュラントを欲しているんですけども、もっと安くで手に入れる方法とかないでしょうか?」


「クルーグ商会が経営する店舗に行ってくだされば買えますよ。この大通りにもありますからね」


「安く多く欲しいんですよね」


「そんなに多く購入してどうするんです?」


「新人の仲間が結構いましてね。そいつらだと手に入れるのは難しいですから、我々がそれを購入して分け与えたいと考えているんです」


「なるほど。確かに皆さんの装備は凄いですからね。お金に困ってはいないようですね」


「自分たち用のは一本ですが購入しているんですよ」

 チラリとガリオンに目を向ければ、俺の視線に合わせてドンッ! と、テーブルの上に大瓶を置く。


「凄い。大瓶で買うとは豪快ですね」


「ええ、ですが円形金貨一枚というのは痛い」

 庶民な俺の思考では本当に痛かった。


「だから大量に購入して、その分、値段を抑えてほしいということですね?」


「そうです」


「ならばこの大通りの店舗で相談してください。自分からも言っておきますよ」

 ぬぅぅ……。

 失敗したかもしれない……。

 どう考えてもそういった会話の流れになるよな……。

 俺としてはスティミュラントの製造場所に直接赴いてから購入したいという流れにしたかったのに……。

 アホすぎるぞ俺……。


「可能でしたら――」


「「ふぇ!?」」

 俺とエマエスが同時に驚きの声。

 原因は――ベルがしな垂れるようにエマエスへと体を寄せたから。

 なにその艶っぽい声と所作は!?

 体を寄せつつ酌をする。

 でもって上目づかい。

 俺が見たことのないベルだ。いつものような凛とした姿ではなく婀娜っぽい。

 生真面目だからそういったのは苦手であるはずなのに、艶っぽさを纏う演技は、どんな男でも籠絡させられそう。


「製造所に直接、交渉をしたく思っております」

 と、普段は見せない色のある所作に、体を預けられているエマエスだけでなく、俺まで生唾を飲んでしまう。


「あ~いや……」


「ご存じではないので?」


「いえ、知ってますよ。場所は知ってますとも!」

 更なる密着にエマエスの声は裏返り、更には有頂天。

 豪快にタンカードの酒を一気飲み。

 その飲みっぷりに感心しながら更に注ぐベルという構図。

 

 何だろう……。お水の仕事もそつなくこなせるのですか? ベルさん……。

 俺の下手なやり取りに対するフォローには感謝するけども、それと同時に、普段、目にしないベルの姿に困惑してしまう俺氏……。

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