PHASE-461【乗り上げなくてもいいのに】
「あれってマーマンだよな。マーマンって空飛ぶの?」
魔族であるランシェルに聞いてみると、
「マーマン族の上位種であるマーマンフラップです」
なるほどフラップね。
腰部分にある翼のようなひれが名の由来だろう。
「キシャァァァァァァ」
勢いよく下降しながら一体が甲板へと接近。
目標としているのはベルだ。
選んだ相手が悪かった。完全なる選択ミスだ。
無手の状態だが、マーマンフラップは自身の水かきの付いた手を広げ、長くて強靱な爪をベルへと向ける。
――――ま、向けるだけだ。
なにが起こったか分からないままに、レイピアによって屠られる。
もちろん亡骸は残らない。
全てを灰燼と変えるベルの炎により、瞬時に消滅する。
相変わらずの威力だ。
相手は痛みを感じる事もなく死ねるのだから、灰燼の炎であり、浄化の炎でもある。
「なんと他愛ない!」
ここぞとばかりに何もしていないコクリコが、さも自分が討伐したかのように発言。
「次は活躍してくれよ」
と、俺はコクリコの出鼻を挫いてやる。
自分が頑張りましたアピールなんてさせないですからね。
ポージングもさせません。
あと六体。ベルのおかげで同数だ。
「ファイヤーボール」
任せてもらいましょうと、俺に応えるように火球を打ち込む。
「ガァ!?」
筋肉が隆起した、青い鱗に覆われた腕で防ぐマーマンフラップから、ダメージがあるようなリアクション。
これで分かることは、こいつらはコクリコがさっき述べたように、他愛ない。
ノービスで激痛を訴える声を上げたのだから。
痛みが含まれた声を聞けば、自然とこっちも強気になれる。
俺以上に――――、
「もう一発ですよ!」
と、コクリコがやる気満々。
甲板から放たれるファイヤーボールにより、空を飛ぶモンスターを迎撃していく。
遮蔽物もない空から逃げ出すように接近戦を選択し、仕掛けてくる。
もちろん右舷にいる俺たちにも。
「馬鹿め! 逃げればいいものを」
「まったくだな」
ゲッコーさんが手にするのはショットガン。レミントンM870。通称、ハナマル。
ショットガンのレンジに飛び込んできたところでズドンと撃てば、散弾が直撃。
飛翔するバランスを崩し、俺たちの側に落ちる。
傷は浅いようで直ぐさま動き出そうとするが、頭部に向かってバックショット弾が見舞われた。
容赦のない一撃で絶命。
目を閉じたくなる惨状だが、戦闘中にそれは許されない。
退くことなく更に接近してくる一体を俺が残火で両断。
これで三体。続くようにコクリコのファイヤーボールが直撃。顔面に命中して海へと落ちる。
これで四体目。
「キシャァァァァァァァァァ」
咆哮は一丁前だけども――――、弱い。
残火を一振りするだけで、容易く奪える命だ。
二体になったところで撤退を選択し、背中を見せるマーマン。
「シャルナ」
挑んで勝てないと悟った状態で逃がせば、次は増援を率いて来る可能性がある。
先ほどまで右往左往していたが、現在は凛とした表情で矢を番えて弦を引く。
放てば、矢は後頭部から深く突き刺さり、額から鏃が飛び出す。
翼のようなひれがピタリと止まり、海へと落下。
残りの一体は海に飛び込もうとしたところに、コクリコのファイヤーボールと、シャルナの神速の二射目が命中して命を落とす――――。
「あっけなかったな」
もっと強いと思っていたけど、
「クラーケンを伴っていた割には実力はなかったですね」
側ではご苦労様ですと、ランシェルが俺の意見に同調。
プレイギアで調べてみれば、亡骸のレベルは平均で10ほど。
現状の俺だと驚異ではない。
いまだ痙攣しているクラーケンも調べてみれば――、
【パロモア】
【種族・クラーケン(幼体)】
【レベル・24】
【得手・――】
【不得手・――】
【属性・調和】
幼体だったか。どうりで小さいと思ったわけだ。レベルも24と低いし。
名前があるって事は、やはりマーマンフラップ達に飼い慣らされているって事だろうな。
――――マーマンフラップ三体の亡骸に手を合わせてから、水葬。
何もしなかったからと、ランシェルが率先してミズーリに流れたマーマン達の鮮血を掃除してくれる。感謝しかない。
「幼体はどうするのですか?」
今後、脅威となるかも知れないからトドメをと、ランシェルは提案してくる。
「――――やめとく」
熟考してから否定。
増援を恐れたからこそマーマン達は逃がさなかった。
ここでクラーケンを逃がせば増援の可能性がある。
矛盾が生じてしまったが、意識のない存在にトドメをさすのは、勇者のやる行為じゃないと判断するあまい俺。
そんなあまい考えだったけど、告げればランシェルからは笑みが返ってきた。
あまいとかじゃなく、慈悲深い人物と評価してもらえたようだ。
「岸が見えてきたよ」
出航から三日が経過した。
その間、驚異と呼べるのは、クラーケンとマーマンフラップとの会敵だけだった。
ミズーリに初めて乗ったシャルナとランシェルは、一人一人に部屋があり、入浴する場も有ると知り、驚き喜んでいた。
シャワーの使い方に最初は困惑していたが、ベルから教わり、潮風を流してご満悦。
潤沢な食料もあるということで、ベルとランシェルがここでも張り切ってくれた。
シャルナは冒険者として客船に乗ったこともあるそうだが、これほど立派なものには乗ったことがないと大喜び。
それを耳にするゲッコーさんが満足げに笑みを湛えていた。
ミズーリ。アイオワ級はアメリカの魂。
現在は何処の国にも属していないゲッコーさんだが、ミズーリを褒められると嬉しいようだ。
――――三日間の航海。ゴールを迎えようとしている現在。
「岸には脅威となるものは存在しない」
「ですね」
双眼鏡のゲッコーさんと、ビジョンの俺。
聳える岸壁は高さにして三十メートルほど。城壁よりも立派な天然の壁。
岸の上の部分には緑が生い茂っていて、魔族のいる気配はない。
「入り江があるな」
ゲッコーさんの指さす方向には確かに入り江がある。
あそこから上陸できそうだが、
「岩礁地帯でもあるので、この大きさでは無理かと」
と、ランシェル。
言うように尖った岩が海から突き出している。
「問題ない。トール、ゾディアックを出してくれ」
「了解」
ゲッコーさんのゲームに登場する、軍用ゴムボートを召喚。
これなら目に見える岩礁も、目に見えない暗礁も問題ないそうだ。
暗めの色は、夜間にはもってこいのカラーリングである複合艇。
ま、今は日が高いので視認されやすい。ミズーリに乗って接近している時点で視認もへったくれもないけどね。
ミズーリからゾディアックへと移動。
船尾部分には、三百馬力からなる船外機が三機備わったパワフルなボートだ。
中央部分のコックピットは金属フレームからなる堅固な作り。
コックピットに備わる椅子にゲッコーさんが座り、操船。
岩礁を巧みな操船で回避し、暗礁はベルが即座に見つけ、回避指示を出してくれる。
――……何事もなくゾディアックを入り江へと乗り上げさせるゲッコーさん……。
わざわざ乗り上げなくてもいいだろうに……。90年代前半のアクション映画のノリである。
強制的に首がヘドバンさせられる俺。
上陸早々、むち打ちにならなくて良かったよ……。
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