PHASE-1244【摂政】

 でもって許可を出すということになると――、


「あのですね。この押印による許可手順の省略をと考えているのですが」


「主が前線にいることで上手く機能しないというのは分かっています」


「今は見事に回ってますけどね」


「ギルド内だと周囲の目もまだ寛容でしょうが、領地統制となれば話は別ですからね」

 説明しなくても把握してくれるのは本当に有り難い。


「公達めは温厚に見えて剛胆なのですがね。しっかりとその剛胆な部分を活かし、主がミルド領に留まっていた時に具申してほしかったですね」


「丸投げ精神の俺が端から頼るという状況でしたからね」


「だからこそ、その部分はうやむやにするべきではなかったのですがね」


「その部分はこれから修正すればいいだけだと思います。荀攸さんや爺様ではなく俺が叱責されるべきことなので」

 自分ではなにもせずに領地統制だけを任せているんだからな。

 俺の浅はかさによって生じた事態なのだから、俺がお叱りを受けましょう。


「主のそういったところは本当に美徳ですね」


「有り難うございます」

 感謝を伝えるように頭を下げる俺の視線はテーブルに自然と向くのだが、そこにスッと出されるのは新たなる一枚の紙。


「では、こちらに押印を」

 書類が増えた……。


「優先しなければならないので、しっかりと目を通しておいてください。手短に書いているだけですから時間はかかりません。読み終わり問題がなければ同意の押印を」

 言うだけあって数行からなる簡素な文章である。


「どうされました? なにか分からない部分でも?」


「ネットなんかだと契約文を全部読むとなれば一日は使うんじゃないの? ってくらいの長文ですけども、それと比べると非常に簡素で助かると思っただけです」


「読まずに手早く同意するよりは、少しは目を通してから同意するべきですよ。問題が発生した時に異議申し立てをしたとしても、相手からは同意しましたよね? と返されればそれまでですので」

 流石は先生。横文字をスラスラと言えるだけでなく、ネット関係もすでに頭の中に叩き込んでいるようである。


「それで、こちらに同意は出来ますか?」


「はいもちろん! 喜んで押させていただきます!」

 内容は俺にとって有り難いからな。

 俺専用の判子を手にしてからの押印には一切の躊躇はない。

 そんな俺の姿に対面する先生は、わずかばかり驚いていた。


「いやはや、こうも簡単に前公爵であるランスレン殿を摂政にお認めになるとは。信頼している証拠ですな」


「爺様を信頼しているのも事実ですが、何より先生が既に用意している時点で問題なんてないって事なんでしょうからね。俺は先生を信用してますから」


「これは――」

 おお、なんかイケメンが凄く喜んでくれているな。


「主は本当に人誑しですよ。私が女ならば惚れていたかもしれません」

 そういった事は女性に言われたいですね~。

 と、口にしたかったが、それを言うとランシェルを傷つけてしまう可能性があるので、口から漏らさなかった俺は多様性尊重な世界を生きていけるかもしれない。

 でも、やはり嫉妬されるなら女の子がいいっす……。

 先生が惚れるかもといった発言に対してランシェルを見れば、シトリンのような黄色い瞳がバッチバチに先生を睨んでいた……。

 本当、多様性って難しいです……。


 ――ところで――、


「押印はしたものの、摂政って何でしたっけ? 丞相とか宰相と同じようなポジションでしたよね?」

 俺が記憶するアニメ知識だと、恥を知れ俗物! 発言でとんでもなく強い女傑も摂政だったような。


「知らないままに押さないでください。ちゃんと分からなかったなら聞く!」


「すみませんでした!」


「直ぐに反省する事が出来るのはいい事ですが、うわべだけなら――」


「もちろん違いますとも!」

 内のギルドで一番に怒らせてはいけないのは、この人。

 今回は失態が多かったので全力で反省する姿をご覧に入れましょう。


「だからといって……土下座はどうかと……」


「全力で反省している姿勢を表現するにはこれしかないと思っております」


「勇者が土下座。これは公の場では見せられませんよ……」

 もういいですから座ってほしいと先生。

 流石に主である俺の情けない姿を目の当たりにすると、憐憫の視線に嘆息を混じらせていた。

 ――俺が着席したところで、


「摂政とは君主が幼い時や、まつりごとをするには頼りなく、政務を行える状況が難しい場合に代役をしてくれる役職です」


「まさに今のミルド領そのものですね」


「ですので正式に摂政に任命しないと――」


「今後がよろしくないですね」

 ならばしっかりと押印しないとね。


「――――では前公爵であるランスレン殿を摂政へと任命なさるということで」


「はい。むしろ遅すぎたことに反省するばかりです」


「主もですが、公達もここは反省するべきところですね」


「いえ、俺が任命しないままにミルド領を後にしたのが悪いんです。荀攸さんが具申する暇も無いほどに忙しかったのも、全ては俺が丸投げした結果ですから」

 ここでも荀攸さんをフォローしておく。

 そもそもが俺の浅慮な思考が全てにおいて悪いと言い続けながら――。


「ではそういう事にしておきましょう。ランシェル殿、面倒事をお頼みしてもいいですかな?」


「喜んで。それで頼み事とはなんでしょうか?」


「ここにロイドルを呼んでいただきたい。現在、二階の会議室にいるでしょう」


「畏まりました」

 会議室なんかも出来てるんだな。

 というかあいつは今ここにいるんだね。


 ――ランシェルが呼びに行って直ぐだった。


 執務室へと向かってきている足音がドア向こうから聞こえてくる。


「失礼いたします。よろしいでしょうか」

 ノック音の後に快活ある声。

 先生が俺に目配せをするようにじっと見てくるので、


「どうぞ」

 と発せば、入室してからの典雅な一礼を見せてくる男。


「やあやあ、お久しぶりだね~」


「これは公爵様」


「公爵だけども、ここでは――」


「会頭の方がよいですね。お帰りなさいませ会頭」

 入室時もそうだったけども、随分とはつらつとしている。

 目の前の人物――ロイドルは以前、俺が馬鹿と蔑称していたカリオネル配下だった男。

 今はこのギルドで下積みからのスタートで頑張ってくれている――んだよね?


「頑張っているのかな?」


「はい。東奔西走の日々であります」

 王都と公爵領までをとんでもない速さで往復できるだけの走破力を有しているからな。

 といっても馬車や馬が凄いんだろうけども。それだけの移動に耐えきるだけの体力を有しているのは大したものなんだよな。

 そういった才能を先生が見抜いたからこそ、ギルドにて採用するって流れになったんだよな。

 

 ギルドへと入ったロイドルは、ギルドメンバーが駐留する各地の拠点を巡り、メンバーへの連絡や活動の査定をする立場だという。

 会議室で行われていた仕事内容は、各地のメンバー達の素行調査や昇格審査などを題材としたもの。

 共に励んでいる査定員たちと議論していたそうだ。

 こんな遅くまで働くのは感心だね。

 残業手当とかも出さないといけないんだろうな。


 でもさ――、


「査定――ね~」

 発しつつ半眼になってロイドルを見てしまう。


「け、懸命に務めておりまっす!」

 ジト目を向けられて声が裏返っていたが、返事をしてくるあたり胆力はついている模様。


「まさか査定中に進捗が芳しくないメンバーから、上手くいっていると中央には伝えてほしいとか言われて、袖の下――ってことはないだろうね?」


「滅相もありません!」

 いかんせんカリオネルの配下だったからな。


 まあ――、


「信じるけどね」


「有り難うございます」


「別にあんたを信じているわけじゃないよ。今のポジションに置いても問題ないと判断した先生を信じているだけだからね。なので先生の期待と信頼を裏切らないように。俺を裏切るよりも恐ろしい目に遭うかもしれないよ」

 

「重々、理解しております……」

 俺よりも先生という部分に強く反応する辺り、ロイドルは先生の強大さを理解しているようだな。


「主、あまりいじめないでください。ロイドルは現在、素晴らしい働きをしてくれております。今は下積みの黒色級ドゥブですが、近々、昇格させようとも考えております。それほどに頼りになるのです」


「副会頭……」

 先生のフォローにロイドルは目頭を押さえている。

 自分の頑張りをちゃんと見てくれている存在がいてくれるのが嬉しいようだ。

 元々の主があの馬鹿なら仕方ないところもあるよな。

 自分を認めてくれる存在がいるってのは誰だって嬉しいもんだしな。

 ならば会頭としても承認欲求を満たしてやらないとね。


「ロイドルの胆力なら、公都までの高速移動もなんのそのだろう。書簡を無事に爺様へと届けてよ」


「お任せください!」

 頭を下げつつ述べれば、ロイドルは先ほどの裏返った声とは違い、入室時同様の快活な声となって返してくれる。

 

 書簡の内容が内容なので、ロイドルと共に公都まで随伴するのは、赤色級ジェラグを中心としたパーティー。

 実を言うと先生もロイドルのことを信じていないから、監視もかねてのパーティー随伴なのでは? と、邪推もしてしまう俺氏。

 まあ純粋な護衛なんだろうけど。

 でなければ書簡を運ぶ人選にロイドルを選択するって事はないだろうからな。


 ドッセン・バーグとコルレオンもそうだったけど、俺達が各地を旅している間、王都を中心として励んでくれている面々の親交も深いものになっている。

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