PHASE-245【難敵である】

「プロテクション!」

 絶望に染まったコクリコの叫びをかき消すようなタチアナの声。


 ――――棍棒は俺の前で止まる。


 ギシギシと、棍棒からは材質となっている木特有の軋む音。

 半透明な畳一畳ほどの壁によって、俺に届くことのなかった棍棒が、まるで悔しくて歯ぎしりをしているようにも聞こえてくる。


「助かったよ」

 回避の思考と焦燥から解放された俺の額からは、ドッと汗が流れ出る。


「いえ、これが精一杯です」


「十分だ」

 急ぎ後衛のタチアナと合流。


「使い手になればプロテクションで全方位を守ることも可能なんですけどね」

 プロテクションを解除して俺と共に更に後方に移動。栗毛の三つ編みを躍動させつつそう言ってくる。


「だとしても俺は救われたからな。本当にありがとう」

 焦燥からも解放され、息を整えてからもう一度お礼を口にする。

 照れくさいのか、もじもじとしながらスタッフを抱きかかえるような仕草。可愛い。

 

 ――――が、


「致命傷じゃないのかよ」

 しっかりと肉を斬った感触が今でも手に残っているし、倒れるのも目にしていた。

 だが眼前のトロールは、ゆっくりと、しかし、しっかりとした足にて立ち上がる。


「くそ!」

 悔しさが口からこぼれてしまう。


「それで倒せたら苦労しませんよ」

 なにおう! 言ってくれますねコクリコさん!

 お前のファイヤーボールだって効いてないって事だろう。

 顔面に直撃していたのに……。

 

 ――……うむ、確かに直撃だった。いくら初歩魔法とはいえ威力は本物。当たれば無事じゃすまないはず。

 現にうめき声を上げてたし。


「あれ?」

 しっかりと立ち上がり、伏せていた顔が俺たちの方に向けられる。

 ファイヤーボールが見舞われた顔は何ともなっていない。

 じゃあ、俺が入れた斬撃は!?


「ぬ!」

 斬った部分がブクブクと泡だって、傷口が塞がっていってる。

 アプリで見た自己再生ってやつか。

 しかし、こんなにも早い回復なのか。


「やっかいな能力だな」


「これがあるから苦戦するんですよ」

 声を荒らげつつ、続けて発するファイヤーボールで、もう一度ヘイトを自分に向けてくれるコクリコ。

 言わなくても実行するってのは素晴らしい。

 出来るんだな。個人プレーじゃなくて連係も……。


 有り余る膂力に自己再生。

 動きは遅いが、長期戦になればスタミナ切れを起こすこっちが圧倒的に不利だ。

 面倒な相手だな……。


 倒すには自己再生が追いつかない速度で一瞬にして倒すか、体内に大きなダメージを与えてのショック死を誘発したりするのが効果的なのだろう。


 経験からして、前者の一瞬で倒すのがベルの炎で、後者のショック死を誘発したのが、冒険者や王都兵たちの矢による一斉射だな。


 現状ここにいる面子では、ベルのようなオーバーキルもなければ、圧倒的な数の利も無い。


「と、なれば」

 とる方法はやはり一つ。

 自己再生が不可能な一撃を急所に見舞えばいいわけだ。


「首を狙う」


「だからさっきから頭を狙っているんですよ」

 ファイヤーボールでは表面にはダメージが入るが、それより奥には到達できないか。

 

 斬撃による物理攻撃で、一気に急所を叩き斬るしかない。

 さっきみたいに足を狙って、動きを封じてから首を狙うのもいいが、パターンとなれば、トロールだって理解して対策を練ってくるだろう。


 先ほどのクオンのように、相手の視界を奪うのがいいかもしれない。

 そこに強化した俺の体で跳躍して一気に首を斬る。

 

 ワームの時は、足が水に浸かった状態で三メートルは跳躍した。

 ここならもっと跳べるはずだ。


「タチアナ。トロールの視界を奪ってくれ」


「はい!」

 駆けだした俺の背中にしっかりと声が届く。


「ファイアフライ」

 続けて魔法を発動させる。

 が、やはり危惧したとおりになってしまった……。

 

 トロールだって知恵はある。使用された経験を活かし、目つぶしに対して、丸太のようにデカい腕を顔の前に移動させ光を遮る。

 燦然と輝く光球を直視しようとはしない。


 それを目にして二の足を踏んでしまう俺。

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