PHASE-1270【シグネチャーモデル】

 外からの視線が気になるので、ギムロンには小声で頼むと言って話を続けてもらう。


「もしその森に行くんなら女の同行は控えた方がいいかもな。話し合いもないままに、女欲しさに襲ってくるぞ」


「まじかよ」


「隠れていたぶん、欲求も溜まっとるだろうよ。種まきて~ってな」


「小声で言ってくれて助かるよ。今の発言は外の女性たちに特に聞かれたくない」

 魔王軍が南下し、トールハンマーが出来たこともあって、南下した魔王軍と合流するルートが監視によって潰された。

 尚且つ魔王軍の北への侵攻が鈍化していることもあって、便乗して好き勝手やっていた事が突如できなくなったぶん、性欲によるストレスは限界に来ているかもしれないとの事だ。


「そんな連中を野放しにしてないで、隣接するドワーフ達がどうにかしてくれないのかね。だってドワーフって強いじゃない」


「まあな。悪さしたんだからきっちりと落とし前をつけさせるのも必要だけども、今の王は攻撃を受けたら対応するって考えだからの」


「専守防衛ってやつね」


「臆病とは思わんでくれよ」

 俺の元々いた日本もそうなので思わない。


「こっちからは攻めないけど、攻めてきたら――分かるよな? 的な不気味さがあっていいんじゃないの。実際それだけの力を持ってるわけでしょ」


「会頭の言うとおりでもあるんだけどの……」

 

「あら、自信が無い声だね」


「まあの。正面からぶつかっても負ける事はねえよ。だが以前に比べるとの……」

 魔王軍が侵攻してきた時は、それに便乗したカクエン達の相手だけでなく、人間サイドと一緒になって正規の魔王軍とも戦った事で、アラムロス窟を中心としたドワーフ達の力も疲弊しているのだという。

 なので今は各々の窟と連絡を取り合って、防衛力を強めていることに徹しているということだった。


 現在は北側の瘴気がなくなったことで、魔王軍との戦闘に参加しなかった無傷の窟から多くのドワーフ達が協力の為に活動してくれているし、人間サイドの協力もあって立ち直ってはきているそうだ。

 特にトールハンマーとは距離も近いことから、有事の際の連携強化にも努めているということだった。

 異種族間で連携が取れているのは喜ばしいことだよ。


「だったらギムロンやパロンズ氏も」


「ワシらのように窟ではなく人間達こっちを優先する者も多いんだぞ」

 このカルディア大陸にて最も多くを占める種族は人間。

 反撃の時となれば、もっとも多い人間が主力となる。

 だから人間の為に出来の良い装備を揃えることも大事という考えをもったドワーフ達も多くいるという。

 ギムロンやパロンズ氏――王都に集まったドワーフ達は正にその理念で行動しているそうだ。


「何から何までギムロンや他のドワーフさん達には頭が下がりっぱなしだよ」


「だったら酒をくれ。感謝は酒という形で頼むわい。会頭の所有しとるでっかい船にある冷え冷えのビールをたのまあ」


「はい喜んで」

 人類――延いてはこのカルディア大陸の為に活動してくれるギムロン達には恩返しをしていかないとな。


「「それにしても」」

 と、ここでギムロンと被る。

 大きな手がこちらに向けられるので――、


「なんか刀の生産が多いね」

 先に気になったことを口に出させてもらう。


「本来なら粗製品は剣が良いんだけどな」


「じゃあなぜに? あれか、新人さん達に諸刃は危険だからって事で先生から指示があったりしてるのか?」


「いくら新米でも剣の扱いが苦手なへなちょこはおらん。新米たちが欲してるんだよ。まったく、継戦力を考えると諸刃がいいのにの」

 片方の刃が戦闘で欠けたり潰れても、もう片方で戦いが続けられる。

 ギムロンは新人さん達には剣の方を勧めるけども、大部分が刀を欲しているということだった。


「会頭が原因だからの」


「え!? そうなの?」


「そうよ。会頭のは火龍の鱗や、エルフの矜持と魂で生み出された英雄灰輝サリオンミスリルから作られた神話級の業物だから刃毀れの心配もないけども、粗製品となるとそうはいかんからな」


「いやはや」

 なんとも嬉しくなるじゃないのよ。


「最近は言うことも贅沢になってきてな。柄糸まで赤と黒で巻いてくれと言いよる。こっちは生産重視で作っとんのに。金もろくにもっとらん奴等がなんとも生意気に注文を出しよる」

 とか愚痴を零しながらも、お願いに対してちゃんと対応しているところが流石はギムロンって感じだけどな。

 

 話を耳にすれば俺はすこぶる気分がよくなるけどね。

 それだけ俺が尊敬されているって事だからな。

 俺自身も範となる存在としてこれからも励もうと思える。


「何よりもギムロンが打ってくれるのは粗製品って言いながらも、そこいらの職人が打った物と比べれば名刀、名剣だからな。欲しくなって当然さ」


「そう言われれば気分も良いけどよ。ろくにクエストもこなしていないような連中が背伸びして、あれこれと注文してくるのは五月蠅くてかなわん。なんじゃ? 蔵元が言っとったの。シグネチャーモデルとかなんとか。本物に似せた物が欲しくてたまらんらしいわい」


「そ、そうなんだな」

 有名アーティストのギターと同じデザインのやつが欲しくなる衝動と同じ感じかな?

 生まれてこの方、ギターなんて弾いたことないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る