PHASE-358【豊饒の地】

 勝手知ったるとばかりに、面々は思い思いに休息を取り、俺もギャルゲー主人公の中流階級とは思えない立派な内装に、やはりツッコミを入れながら一晩を過ごした。

 風呂場に近づいたらただではすまさない発言をベルから受けたので、俺は静かに過ごしましたよ……。

 

 ――――ギャルゲーの家だってのに、イベントなんてなく再び移動を開始……。

 

 俺達の場合、テントがいらないってだけでも利点ではある。

 風呂に飯。ベッドにソファー。テントでは補えない安らぎのおかげで、疲労はしっかりと取り除かれている。

 元気すぎて車内のコクリコには静かになってもらいたいところだが。


「う~ん」

 車内で体を伸ばす。正直、なにもすることがないから長距離移動は暇である。

 マガレット街から東に進めば、町や村がいくつかあり、そこで休憩を入れるが、大半の時間を車内で過ごすから、流れる風景を眺めるか、寝るだけだ。

 

 シャルナは二千年近く生きてるエルフだけあって、時間の価値が俺たちとは違うようで、車内で過ごす時間も短いといった感じだ。

 俺とはちがい、だらけた様子はなく、流れる風景を楽しそうに眺め続けている。


 コクリコは――――、美少女が台無しとばかりに涎を垂らして寝ている。

 うるさかったり涎を垂らしたりと、忙しいヤツである。

 

 ゲッコーさんとベルは軍人ってのもあるからか、一言も喋らずに正面だけを見てても苦痛ではないようだ。

 ゲッコーさんは運転をしている分そっちに集中できるだろうが、ベルは何もしなくても平気なんだな~。


「ふぁぁぁぁ……」

 俺は平気じゃないので、小気味よく揺れる車内を利用して眠りにつきますよ……。

 



 ――………………。

 

 ――…………ん?


「起きろ」


「んあ?」

 ベルの声と、俺の体を揺すってくるシャルナ。

 見れば俺だけでなく、コクリコも揺すり起こしている。


「もうすぐ目的のドヌクトスのようだ」

 寝惚け眼の俺と、エメラルドグリーンの瞳が合えば、そう伝えてくる。


「大したものだぞ」

 と、継いで俺から視線を外せば、外へと顔を向けている。

 何がなのか? と、俺も追従するように横の窓から外を見る。


「――――おお!」

 半眼だった目をしっかりと見開く。

 開きすぎて眼窩から目がこぼれ落ちるんじゃないかと思えるくらいに開いた。

 見渡す限りの田園風景。

 田園風景の主役は麦。

 大いに実っている。街道からすぐ側まで麦が実っている。まだ緑色の穂だが、収穫時期になれば、この辺一帯は、金色の垂れた穂が風に靡く絶景になるだろう。


「食が豊かなのは、この風景で理解できる」

 王都とは全く違った世界に、ゲッコーさんの声には感嘆が混じっている。

 王土よりも王土然とした風景だ。

 豊かさを眼界に収めれば、そう思っても仕方ない。

 

 先生や皆が頑張ってくれているが、まだまだこの風景には太刀打ち出来ない。

 王都の田園と比べれると、王都住民がこの風景を見れば、極楽浄土と錯覚してしまうだろうな。

 

 うん! これは負けられない! リオスの湿地帯を利用して、ここにも負けない大穀倉地帯を目指さねば!

 

 田園に感心していれば、前方から馬に乗った騎兵が接近してくる。

 数は五。

 俺たちの前で横隊にて留まり、道を塞ぐ。


「しっかりとした馬甲を装備しているな」

 と、ゲッコーさん。

 小札こざね。つまりはラメラーアーマーを装備した軍馬。

 

 全身を鉄の小札にて守られた馬を見たゲッコーさんは、整っている軍馬と、それにまたがる騎兵の手入れの行き届いた鉄の鎧を目にして、良い軍だと称賛した。

 

 手にした槍の穂先は地面を向いている。有無も言わずに穂先をこちらに向けるという動作はない。

 末端の統制が取れているのは、中枢がしっかりとしている証拠だそうだ。

 マガレットは緩かったが、流石に目的地近辺になると、警備は格段に高くなるようだ。

 

 ゲッコーさん、速度を落としてそのまま停車。

 一定の距離を保ったところで窓を開け、顔を出す。

 いきなり攻撃って可能性も捨てきれないが、騎士達は背筋を伸ばして居住まいを正していた。

 

 多分だけど、顔を出したゲッコーさんの目を見て、瞬時にただ者ではないと判断したのかもしれない。


「停止、感謝します」

 と、言うのは五人の中で唯一、顔を出している人物だった。

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